最新記事

映画

今の韓国社会の無力感を映し出す? 映画『フィッシュマンの涙』

2016年12月22日(木)17時05分
細谷美香 ※Pen Onlineより転載

クォン・オグァン監督はルネ・マルグリットの『共同発明』からインスピレーションを得て、脚本を執筆。 © 2015 CJ E&M, WOO SANG FILM

 最初に目にしたときはギョッとしますが、観ているうちに、まんまるの目といかりや長介のような口元が愛らしく見えてくる不思議。『フィッシュマンの涙』の主人公は、謝礼に惹かれて製薬会社の臨床実験に参加し、副作用によって"外見は魚、内面は人"になってしまったフリーターの青年、パク・グです。

(参考記事:ミニシアター全盛期に映画館を賑わせた2本の映画が、デジタルリマスター版で復活します!

 パク・グは世間の注目を集めて、利用されたり巻き込まれたり......。女友だち、父親、人権派の弁護士、テレビ局の見習い記者、さまざまな人たちの思惑が入り乱れるなかで、周囲がヒステリックになればなるほど、ほとんど感情を露わにしないパク・グの茫洋とした目と背中が、切なさや哀しみを帯びるように見えてきます。

fishman_01.jpg

CGではなく、俳優、イ・グァンスが8㎏を超える魚のマスクを着用して撮影が進められた。


 パク・グの願いは、普通に就職して結婚をし、家族をつくることでした。けれどもかつては"普通""当たり前"とされていた幸せが、もはや容易く手に入らないものになっている現代社会。見習い記者が地方の大学出身ゆえに馬鹿にされる描写もあり、格差社会の断面も切り取られています。"フィッシュマン"は、韓国のみならず、日本や世界のどこにでもいる、社会からこぼれ落ちる弱者の代表であり、バトンを受け継ぐことが困難な若い世代の無力感の象徴なのでしょう。それにしても、パク・クネ大統領の大スキャンダルに見舞われているいま、韓国の人たちのこの映画への感想を、あらためて聞いてみたくなります。

(参考記事:別所哲也の魅惑的、ショートフィルムの世界。 Vol.4 ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞について思うこと

 監督・脚本は、カンヌ国際映画祭短編部門パルムドール受賞作『セーフ』の脚本で注目を集めた、1983年生まれのクォン・オグァンが務めています。ビジュアルや設定は型破りですが、作品に込めた思いはまっとうで切実。このあたりは、エグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねた、『オアシス』などで知られる名匠、イ・チャンドンの姿勢から引き継がれたものかもしれません。生きづらさを感じている人たちにとって、のびのびと、深く呼吸ができる楽園は見つかるのか? 現代を映し出したこの寓話には、やるせなくも自由なラストシーンが待っています。

fishman_02.jpg

スクープを狙う記者を演じるのは、『犬どろぼう完全計画』のイ・チョニ。


『フィッシュマンの涙』

英題/Collective Invention
監督/クォン・オグァン
出演/イ・グァンス、イ・チョニ、パク・ボヨン、チャン・グァンほか
2015年 韓国 1時間32分 
配給/シンカ
12月17日よりシネマート新宿、HTC渋谷ほかにて公開。
http://fishman-movie.jp


※当記事は「Pen Online」からの転載記事です。

Penonline_logo200.jpg





今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

英政府、中国大使館建設計画巡る決定を再び延期 12

ビジネス

米銀、アルゼンチン向け200億ドル融資巡り米財務省

ワールド

インド、すでにロシア産石油輸入を半減=米ホワイトハ

ワールド

マレーシアGDP、第3四半期速報は前年比+5.2%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中