最新記事

出版市場

アマゾンが電子書籍とプリント・オン・デマンドをシームレスに

2016年10月18日(火)12時00分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

Mike Segar-REUTERS

<アマゾンが、電子出版とオンデマンド印刷を統合しようとしている。現在は少部数の分野だが、出版の「大統合」プラットフォームを構想していることは明らかだろう...>

 米アマゾンはPoD(プリント・オン・デマンド)を使った印刷本出版の拡大に対応するため、KDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング:電子書籍セルフ出版サービス)とCreatespace(自費出版、オンデマンド印刷サービス) を統合したインタフェース KDP Print のベータテストを7月から開始している。ドイツでも始めていることから、世界展開を前提にしていると考えられている。「KDP印刷本」の増加は、市場にどんな影響を与えるだろうか。

E-BookとPoDの管理をシームレスに

 アマゾンがテストしているのは、KDP (E-Book)とCreatespace (PoD)の販売情報を統合するインタフェースで、出版者は両方を同時に管理することが出来る。今のところ、これを使えるのは選ばれたユーザーのみで、詳細は明らかではないが、KDPユーザー・フォーラムへの投稿によれば、少なくとも、KDP Printのダッシュボードを使って、両フォーマットをカバーする販売レポートを生成することが出来る。現在のところは、プラットフォームの統合というよりは、KDPユーザーがPoDを使いやすくするものという印象のようだ。

 KDP Printじたいは、たしかにそうしたものだろう。しかし、アマゾンがPoDあるいは印刷本を含む出版の「大統合」プラットフォームを構想していること、このサービス・インタフェースがその入り口であることは明らかであると思われる。PoDは、これまで基本的に少部数のもので、これが収益を生むビジネスになった例は少ない。多くの著者はこれを献呈など補助的なものとして使っている。収入はKDPで十分でということだ。

 しかし、アマゾンはこのバランスが固定的なものと考えていない。PoDの品質・価格が魅力的なものとなり、サービスが多様化し、書店チャネルが開拓され、一部は5千部以下の少部数印刷の市場と融合することで新しい市場が生まれると見ている。つまり、PoDと少部数出版市場、大部数出版市場とは連続し、E-Bookが印刷本のヒットにつながったように、PoDからベストセラーまでの距離は意外に近いが、その可能性を現実化するのは、市場の動態を把握し、ロジスティクスを持ったものになるはずだ。

PoDの可能性:部数ゼロからの出発

 課題は多いが、デジタル印刷とロジスティクスの結合は、印刷本市場を大きく変える。この変化には大出版社も対応し、独自の生産・流通拠点の整備に乗り出している。印刷本の効率化(利益率向上)を独自に進めるためのもので、これは当然のものだろう。

 アマゾンにとって、E-Bookの次のステージは(当然にも)印刷本である。lurbの成功は、高品質化対応によるPoDの市場性を示している。しかし、印刷本では著者/出版者が頭を使うべき要素が格段に増える。仕様、刷部数、在庫の可否、E-Bookの価格調整、書店との関係や販促方法など、判断すべきことは商業出版社と変わらない。著者やそのパートナーとなるプロフェッショナルが、どれほどのことが出来るかは、ストアが提供する情報の「適切性」にかかっている。

 そこで必要なものは、Kindleストアに最適化されたダッシュボードの拡張だろう。ダッシュボードは複数の情報源からデータを集め、概要をまとめて一覧表示する機能や画面、ソフトウェアのセットで、KDPの成功に大きく貢献した。Createspaceとの統合によるKDP Printは、その入口となる。

 アマゾンが目指しているのは「大」からではなく「小」から、つまり自主出版からのアプローチで、在来出版ニーズにも対応するものとなる。そしてオンラインで完結するものでもなく、ロジスティクスと在来書店を含むものとなるだろう。つまり、数千部単位以下で散発的に発生する需要パターンに最小コストで対応することで、購入者からの単発というPoDの壁を越え、出版者に最適化された発注という、少部数出版の効率化とシームレスにつなげようというものだ。PoDは出版社がリスクも負担しない代わりに、市場としての可能性は非常に低い(それでもゼロではないことが重要だ)。

 アマゾンはゼロから始めるPoDの向こうに、「不採算本」を宝の山に変える機会を見ているのだ。何年かかるかわからないが、おそらく5年以内には自主出版/中小部数出版の活性化を実現するプラットフォームを構築するだろう。


※当記事は「EBook2.0 Magazine」からの転載記事です。

images.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中