最新記事

トランプ、同性婚、「価値観」の有無......阿川尚之氏に聞く米国憲法の歴史と憲法改正(後篇)

2016年8月31日(水)11時30分
BLOGOS編集部

「候補としてのトランプ」と「大統領としてのトランプ」は違う、と阿川氏(8月27日) Carlo Allegri-REUTERS

 アメリカ合衆国憲法に詳しい阿川尚之・同志社大学特別客員教授と考える、アメリカ国民と憲法。後篇は、トランプ旋風や最高裁が下した同性婚判決、日本国憲法の改正について話を聞いた。【大谷広太】

「アメリカ人は憲法を神聖視しない」阿川尚之氏に聞く米国憲法の歴史と憲法改正(前篇)

対立する考え方をあえてぶつけ合うのが、アメリカ流

――合衆国憲法は、そもそもの条文に加えて制定以降の修正条項で出来上がっています。制定の際、政治的な妥協の産物や決めきれなかった部分も含めて、改正の余地を持たせておいた、その発想は面白いですね。

阿川:イギリスからの独立を果たした13のステート=邦は、最初バラバラの状態のままでした。これをまとめる共通の基本原則として制定されたのが「連合規約」ですけれど、その内容ははなはだ不十分でしたし、全てのステートの合意がなければ変更できないという欠点がありました。そこで新たな草案を作り、9つのステートで開催される批准会議で承認されれば発効すると予め決めておいて、合衆国憲法を強引に制定してしまったわけです。連合規約改正の規定に違反しているわけですし、他にもいろいろな理由で、新憲法制定にはかなりの抵抗がありました。

 そこで憲法草案に改正手続きを定める規定を設けておいて、憲法が発効したあとも、この通り改正ができるから安心しろと、反対派を説得しました。しかも憲法発効からほどなく、最初の改正を実現します。連邦政府も州政府も無条件で従わねばならない最高法規をつくっておいて、「みだりに変更すべきものではないんだぞ」と言いながら、全然変えられないのでは長持ちしないし、また革命が起こってしまう可能性もありますから、「でも変えられるんだぞ」ということも同時に示して、これを採択しました。この絶妙なバランス感覚があったんです。

 対立する概念を最初からいろいろな仕組みに盛りこんでおいて、それをぶつけることで、新しいものが出てきたり、どこかに落ち着いたりする。そういう面が憲法の仕組みだけでなく、アメリカにはあると感じています。

 そもそも国王を追い出して誕生したアメリカの共和政体は、「主権は人々が有していて、ものごとは多数が決める」という、「民主主義」の考え方に基づいています。けれども同時に、多数が絶対というのは、場合によって実は恐ろしいことなんだという認識がありました。憲法起草者の一人であるジェームズ・マディソンはこれを「多数の横暴」と呼びましたが、多数だって間違えることがある。たとえ多数が賛成しても犯してはならない原則を予め決めておこう、これが「多数よりも高い次元の法を設けておいて、それに従う」という、「立憲主義」の考え方です。しばしば矛盾し対立する「民主主義」と「立憲主義」の考え方が、アメリカの政治システムには両方共最初から盛りこまれていて、今でもぶつかり続けています。

トランプといえども、好きなようにはできない

――大統領選が終盤に差し掛かる中、議会と大統領の関係もクローズアップされそうです。

阿川:ドナルド・トランプが大統領に選ばれるとしたら、それは「多数の意思」によるものですけれども、だからといってトランプ大統領が絶対の権力を握って行使できるわけではない。「トランプが大統領になるのが恐ろしい」と言う人は多いですし、確かに好ましくないことが起こるかもしれない。しかし万が一大統領が悪さをしようとしても、それができないように作ってあるのが憲法なんですよね。それに、究極的な安全弁が設けてある。4年経ったら任期が終わるという憲法の規定です。

 実はリンカーン大統領は1861年の就任演説で、自分に投票しなかった人々(主に南部諸州の人々)に、がっかりしないで4年間待って、次の選挙で意中の人に投票するようにと呼びかけ、「人々が徳義を重んじ注意深くいるかぎり、どんなに邪悪な、あるいは愚かな政権でも、4年ではこの政治システムに(取り返しのつかない)深刻な損害を与えることはない」と、言ったのです。トランプがひどい大統領であったら、4年後にとりかえられる。彼が永久に居座ることはない。それが憲法の仕組みなんです。

 たしかに多くの戦争や危機を経て、昔に比べると大統領は格段に強くなりました。特に外交、国防の分野では、ほとんど無制限に近い裁量権を有しています。この分野では憲法はあまり強く大統領を縛っていない。しかし憲法は議会や司法にも独自の権限を与えており、特に議会の協力と立法措置が欠かせない内政については、大統領はそう自由に権限を発揮できません。ですからトランプだって、そんなにたくさんのことが出来るかどうか、分からないのです。まして今度の議会選挙で民主党が両院の1つを奪い返した場合、トランプといえども、好きなようにはできない。議会の共和党議員も、唯々諾々と大統領にしたがうとは思えない。何でも言えた「候補としてのトランプ」と、何もかもはできない「大統領としてのトランプ」は、違うわけです。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ2都市にロシアが攻撃、和平協議直後

ビジネス

乳児ボツリヌス症の集団感染、バイハート社の粉ミルク

ワールド

北朝鮮抑止「韓国が主な責任」、米国防総省が関与縮小

ワールド

トランプ政権のEVインフラ助成金停止は違法、米地裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 3
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投稿したアメリカを嘲笑する動画にネット爆笑
  • 4
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    サーモンとマグロは要注意...輸入魚に潜む「永遠の化…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    「これは違法レベル...」飛行機で「史上最悪のマナー…
  • 9
    トランプを支配する「サムライ・ニッポン」的価値観…
  • 10
    3年以内に日本からインドカレー店が消えるかも...日…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 4
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 9
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 10
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中