最新記事

【2016米大統領選】最新現地リポート

ヒラリーを「歴史的」勝利に導いた叩かれ強さ

2016年6月10日(金)19時10分
渡辺由佳里(エッセイスト)

 2つ目は、ライバルのサンダースの行動だ。

 ヒラリーは、特別代議員を含めた数、含めない数、得票数、勝利した州の数、それらすべてでサンダースに勝っている。2008年にオバマがヒラリーに勝った時はもっと接戦だった 。つまり、通常なら文句の付けようのない勝利だ。

 通常は、勝利宣言の後で勝者が敗者に電話をし、敗者は「concession speech(敗北宣言)」をする。ヒラリーが勝利宣言でサンダースの健闘とメッセージを讃えたように、サンダースもヒラリーを祝福し、トランプという共通の敵を倒すために民主党を結束させる意思表明が期待された。

 ところが、その夜のサンダースのスピーチは「敗北宣言」ではなかった。前半でトランプを攻撃したものの、後半は7月の党大会までは撤退の意思がないことを明らかにした。(編集部注:サンダースは9日、オバマと会談後に、本選に向けてヒラリーと協力する意思を表明)

 ヒラリーにとって民主党の候補指名を受けるのは、長年夢見た歴史的瞬間だ。アメリカで女性が初めて参政権を得た憲法修正第19条が可決した日に生まれたというヒラリーの母親は、生きていたらこの3日前に97歳の誕生日を迎えていたはずだった。「母がここにいたら......」というヒラリーの言葉に、つい涙ぐんだ人は少なくないだろう。ヒラリーや彼女の支持者だけでなく、アメリカにとっても重要な出来事だった。だがサンダースは、祝福の言葉をかけるどころか、「まだ勝敗は決まったわけではない」という態度で答えた 。

 ヒラリーの支持者たちはネットでサンダースやサンダースの支持者への憤りを書き連ねたが、ヒラリーとヒラリー陣営は静かなものだ。

【参考記事】ヒラリー・クリントン、トランプに利用されかねない6つのスキャンダル

 これは、何十年も共和党やメディアから叩かれ続けたヒラリーが編み出した「戦略」でもある。

 08年のオバマとヒラリーの戦いは泥沼化し、候補者と支援者が憎みあい、予備選が終わった後も心の傷が残った。ヒラリーが敗北宣言をしたとき、彼女の支持者の22%は「(本選では)投票そのものをしない」と答え、17%は「(共和党候補の)マケインに投票する」と答えた 。ヒラリーは、今年の予備選でも同じことが起きることを予期していた。4月26日のペンシルバニア州予備選での出口調査では、ヒラリーが候補になった場合に「投票しない」と答えたサンダース支持者は14%だったが、その頃よりもソーシャルメディアの攻撃は悪化しているので、「ヒラリーには絶対に投票しない(#NeverHillary)」と宣言するサンダース支持者は現時点ではもっと多いかもしれない。

 ニューヨークで圧勝し、翌週にペンシルバニア、メリーランド、デラウェア、コネティカットを押さえて勝利をほぼ確実にした時点で、ヒラリーは政策の違いを含むサンダースへの攻撃をやめた。そして、ソーシャルメディアや選挙集会でサンダース支持者が妨害しても、非難したり反撃したりすることはなかった。

 それはサンダースの支持者を敵に回したくないからだ。本選では、彼らの支援が必要になる。2008年予備選の失敗から学んだヒラリーは、2016年にはどんなに叩かれても過剰に叩き返さないという戦略を立てた。

 08年に「オバマには投票しない」と答えた39%のヒラリー支持者を説得するのに尽力したのは、当時DNC(民主党全国委員会)の会長だったハワード・ディーンだ。彼は「熱狂的な10%のサンダース支持者以外は、最終的にはヒラリーに投票するだろう」と楽観視している 。だが、ヒラリーは決して楽観視しないだろう。特別代議員の動向を伝えたAPの報道のように、綿密な計画を台無しにする出来事は起こり得るからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ネタニヤフ氏、イランの体制崩壊も視野 「脅威取り除

ワールド

トランプ氏、イスラエルとイランの停戦合意を期待

ビジネス

仏ルノーCEOが退任へ、グッチ所有企業のトップに

ワールド

トランプ氏の昨年資産報告書、暗号資産などで6億ドル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中