最新記事

アメリカ社会

トランプ現象の背後に白人の絶望──死亡率上昇の深い闇

2016年6月8日(水)17時35分
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

 白人労働者の絶望を示唆する調査結果も発表されていた。2015年9月にプリンストン大学のケース教授とアンガス・ディートン教授は、薬物・アルコール中毒などの「絶望による死」の増加を主因に、中年(45~54歳)の白人による死亡率が上昇していることを明らかにした。黒人やヒスパニックの死亡率は低下しており、白人でも中年における死亡率の上昇は学歴の低い層に限られる(図2)。まさに製造業などに従事する割合が高い人々である。

yasukawachart2.jpg

表面からは見えない絶望の広がり

 こうした調査結果からは、トランプ支持の中核をなす白人労働者が、死と背中合わせの絶望の淵にある構図が連想される。しかし、白人による死亡率上昇の現実は、トランプ旋風が示唆するより深刻である。絶望を感じている白人は、必ずしもトランプ支持者に限らないからだ。

 トランプの支持者は白人男性に偏っているが、実は死亡率が上昇しているのは白人の女性である。1990年と2014年を比較すると、むしろ男性の死亡率は低下している(図3)。都市部に住む女性の死亡率に大きな変化はなく、地方居住の女性における上昇が著しい。

yasukawachart3.jpg

 年齢の面でも、中年に限らない広がりが出てきている。地方在住の女性では、25~44歳の年齢層において、1990年以降の死亡率が30%以上も上昇している。また、2000年代に入ってからは、男性を中心とした若い世代の白人において、薬物中毒の増加が目立つ。先のCDCによる調査を年齢別に分析した結果でも、25~34歳の死亡率の上昇が、もっとも白人の平均寿命を押し下げている。

 薬物中毒は、先に犠牲となった歌手のプリンスのように、医師に処方された鎮痛剤がからむケースが多い。白人の場合には、黒人などと比べて容易に鎮痛剤が処方される傾向があり、犠牲者を増やしているとも指摘されている。

 トランプを支持しているのは白人男性だが、絶望は彼らの周りに広がっている。トランプの派手な言動や、選挙集会での衝突など、荒っぽさが目立つ今回の大統領選挙だが、表面には出てこない絶望も、かなり深刻であるようだ。

yasui-profile.jpg安井明彦
1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中