最新記事

インタビュー

ドイツ発「インダストリー4.0」が製造業を変える

2016年6月23日(木)17時28分
WORKSIGHT

 3つ目が消費者ニーズの多様化です。安く、大量にモノを作って売る大量生産では勝てないと考えたドイツは、多様化するニーズを満たすビジネスに新たなチャンスを見出しています。そこでカスタマイズ化による高付加価値製品の製造(マス・カスタマイゼーション)、複雑な新製品の迅速な市場投入、そしてコスト競争力を高めるためにこれらを大量生産と同じ程度のコストで実現する技術と仕組みを整備しなければなりません。それには製造現場のスマート化が欠かせないというわけです。

マス・カスタマイゼーション=消費者起点のモノづくり

 インダストリー4.0のセンターポイントでもあるマス・カスタマイゼーションは、消費者起点のモノづくりと言い換えることができます。

 従来のようにメーカーが作った商品ラインナップで見せるのではなく、消費者が作りたいものを発想し、それをベースに工場が動き出せばこんなに面白いことはありません。実際、服飾産業ではそのようなスタイルのモノづくりが始まっていますが、これを複雑な工業製品についても実現しようというのがインダストリー4.0の狙いです。

 先ほどの自動車製造の例でいえば、AさんとBさんのクルマは車体の色や装備品など個別のカスタマイズを施すこともできるようになります。自分にぴったり合ったもの、あるいは世界に1つしかないものという視点で、消費者が本当にほしい製品を購入できるようになる。これこそが高付加価値の提供なのです。

 さらに、スマート化によって今より手厚いアフターサービスが実現することも予想されます。クルマのエンジンに組み込んだセンサーから、メーカーはエンジンの日々の稼働状況や摩耗状態などを把握できます。そのデータから、もしAさんのクルマに不具合が起こる可能性があると判断されれば、ただちに点検を勧めることができるでしょう。

 製品を売ったら終わりという従来のビジネスモデルから脱却し、デジタル技術を駆使したアフターサービスでより使い心地を高めていく、製品をより長く使ってもらうビジネスモデルへと移行していくわけです。

ソフトウェアを活用してベストマッチングを実現する

 では、メーカーは具体的にどのような付加価値を提供すればいいのか。スマート化で生み出される付加価値とはどのようなものなのか。

 例えばここにキャンディのいっぱい入った透明の容器があるとしましょう。もっとキャンディを入れようと思っても、もう入りきらないので別の容器に入れるキャンディを作ろうと考えます。これが従来のビジネスモデルです。

 けれども、ガサガサと容器を振るとキャンディの間のすきまがなくなって全体のかさが減りますね。満杯と思ったけれどもそうじゃない、まだまだ入る。これが新しいビジネスモデルの考え方です。つまり、最適な状態にまで持っていくことで限られた資源を最大限有効に使うということ。これこそがベストマッチングであり、そこで生まれるものが付加価値なのです。

 ガサガサと容器を振る、つまり効率を最大限まで追求するのは人工知能やビッグデータといったソフトウェアです。センサーを活用してモノとモノをつなぎ、モノとソフトウェアが連動することで"ガサガサ"が行われてベストマッチングがはじき出される。そこに付加価値が生まれて人々がメリットを享受するわけです。

 インダストリー4.0は人間が培ってきたテクノロジーの1つの到達点であり、それをどう使っていくかが問われます。付加価値そのものも、時代ごとの新しい価値観の元で常に編み直されるはずです。なので一概に提供すべき付加価値はこれだということは言えないのですが、いずれにせよソフトウェアの活用なくしては付加価値の創出そのものが難しい時代になっていくことは間違いないでしょう。これは企業が中長期の展望を描く上で押さえておきたいポイントと考えます。

WEB限定コンテンツ
(2015.12.8 港区の三菱UFJリサーチ&コンサルティング 本社オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki

※インタビュー後編:インダストリー4.0やIoTが生み出す付加価値とは

wsOgi_site.jpg三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社はコンサルティング事業、国際事業、政策研究事業、人材開発事業、会員事業、マクロ経済調査などを展開している。資本金20億6千万円、従業員数約700名、コンサルタント数約400名。
http://www.murc.jp

* IoT
Internet of Things/モノのインターネット

** IoS
Internet of Services/サービスのインターネット

***フラウンホーファー研究所(ドイツ)などの試算によると、インダストリー4.0への取り組みにより、ドイツ国内だけで2025年までに11兆円の経済効果がもたらされ、経済成長率は1.7パーセント上昇すると予想されている。


尾木氏の著書『決定版 インダストリー4.0――第4次産業革命の全貌』(東洋経済新報社)では、最先端のデジタル技術がビジネスを激変させる未来図を分かりやすく解説している。


wsOgi_portrait.jpg尾木蔵人(おぎ・くらんど)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 国際営業部副部長。ドイツ連邦共和国ザクセン州経済振興公社日本代表部代表。1985年東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。ドイツ、オーストリア、ポーランド、UAE、英国に合わせて14年駐在。日系企業の海外進出支援に取り組み2005年ポーランド日本経済委員会より表彰。日本輸出入銀行(現・国際協力銀行)出向。アジア諸国向けIMF、世界銀行、アジア開発銀行協調融資等担当。2014年より現職。日本経済調査協議会 人工知能研究委員会 主査、企業活力研究所 ものづくり競争力研究会 委員、IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ)学術メンバー。

※当記事はWORKSIGHTの提供記事です
wslogo200.jpg


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米9月CPIは前年比3.0%上昇、利下げ観測継続 

ワールド

カナダ首相、米と貿易交渉再開の用意 問題広告は週明

ワールド

トランプ大統領、中南米に空母派遣へ 軍事プレゼンス

ワールド

米朝首脳会談の実現呼びかけ、韓国統一相、関係改善期
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 9
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中