最新記事

中国社会

裁判官を死に追いやる中国式「法の支配」

政治的圧力と劣悪な労働環境、裁判官襲撃の続発が法曹界の人材流出を招く

2016年4月5日(火)17時48分
ロバート・フォイル・ハンウィック

危険な職場 職場訴訟絡みの逆恨みが原因で裁判官が襲撃される事件が増えている Carlos Barria-REUTERS

 2月下旬、女性裁判官の馬彩雲(マー・ツァイユィン)(38)が住む北京郊外のアパートに銃を持った2人の男が侵入し、馬と夫に向けて発砲した。夫は軽傷で済んだが、顔面と腹部を撃たれた馬は命を落とした。

 警察の追跡を受けた暴漢2人は車内で拳銃自殺を遂げた。うち1人は馬が担当していた離婚訴訟の原告で、訴訟の進め方に不満を抱いていたとみられる。

 訴訟の逆恨みで裁判官が殺されるという事態に、中国の法曹界は強い衝撃を受けている。事件は、習政権が掲げる法の支配の強化が機能していない実態も浮き彫りにした。

 馬の惨劇は、法曹界の大量退職が問題となっている最中に起きた。中国では長時間労働や賃金の低さに多くの司法関係者が不満を募らせている。

 政治的圧力の高まりも人材流出を引き起こす要因だ。昨年来、人権派弁護士が逮捕され、テレビの前で罪を告白させられる事態が相次いでいる。通常の弁護活動であっても「法廷の秩序を乱す違法行為」と見なされかねない法律改正案は、政治犯などの弁護を引き受ける際の足かせとなっている。

【参考記事】「非正常な死」で隠される中国の闇

 しかも近年の中国では裁判官の襲撃事件が増加しており、多くの司法関係者が恐怖に震えている。10年6月には湖南省の裁判所で3人が射殺される事件と、広西チワン族自治区の差し押さえ現場で硫酸がまかれ裁判官ら6人が重軽傷を負う事件が発生。昨年9月には、湖北省で裁判官ら4人が刺される事件もあった。いずれも犯人は司法への恨みを募らせる人物だった。

司法への不信が根底に

 ただし、馬の事件には従来と違う点もある。世論の反応だ。
過去の事件では、司法への不信感から襲撃犯を英雄視する風潮があった。08年、上海在住の無職の若者が警官に職務質問を受けて暴行されたとして警察署に乗り込み、警官6人を殺害した。男は死刑判決を受けたが、当局の横暴に一人で立ち向かったとして世間の喝采を浴び、『水滸伝』に登場する英雄になぞらえる声も上がった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、シリア南部で政府軍攻撃 ドルーズ派保護

ビジネス

独ZEW景気期待指数、7月は52.7へ上昇 予想上

ビジネス

日産が追浜工場の生産終了へ、湘南への委託も 今後の

ビジネス

リオ・ティント、鉄鉱石部門トップのトロット氏がCE
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 5
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 6
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 7
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 8
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中