最新記事

難民問題

オーストラリア「招かれざる客」を追い払え!

「国境を守る」ため打ち出したのは、人権を脇に置いてでも難民を追い返す政策だった

2015年1月20日(火)14時52分
マリー・デュミエール

1隻たりとも アボット首相は難民船の阻止に執念を燃やす Graham Denholm/Getty Images

 わが国に不法に入国しようとする難民船は1隻残らず追い返す──そう威勢よく公約して13年秋にオーストラリア首相となったのが、保守系の自由党党首トニー・アボットだ。政治家の公約なんて選挙が終われば紙くず同然、と思ったら大間違い。この男は本気だった。

 あんなに広くて人口密度の低い国なのに、しかも国連難民条約に加入しているのに、オーストラリアは欧米先進国に比べると難民の受け入れ数が極端に少ない。「国境を守る」ためにアボットが奮闘してきたからだ。

■「難民船の阻止」

 アボットは昨年12月に議会で、「過去12カ月間、ほぼ1隻たりとも」難民船は上陸していないと語っている。だが、それを実現するために彼が何をしたかは明かさなかった。

 実際には海軍が出動し、難民船の上陸を力ずくで阻んでいた。粗末な船に乗り込み命懸けで海を渡ってきた人々が正当な政治亡命者であるか否かを確かめることもなく、すべての難民船を出港地(たいていはインドネシア)へ追い返していたのだ。

■あからさまなポスター

 海軍の監視をくぐり抜けて運よくオーストラリアに上陸できても、決して「定住」は許されない。この強い意思を周知するため、オーストラリア政府は露骨なポスターを制作した。海に浮かぶ難民船の絵に赤い大きな文字で「オーストラリアはあなたたちの故郷にはならない」という文章を重ねたもので、政府のホームページに17カ国語で掲載されている。

 政府制作のビデオもある。そこには国境保全作戦を指揮するアンガス・キャンベル中将が制服姿で登場し、穏やかな口調で「単純なことです。違法に船でオーストラリアに上陸しても、この国を故郷にすることはできません」と語っている。

■豪州版グアンタナモ

 公平を期すために言えば、この国はアボット以前から、正規の難民申請手続きを経ずに船で不法入国しようとする外国人を第三国の難民収容所に、名目上は「一時的」に移送する政策を採用してきた。送り先はパプアニューギニアと、太平洋の小さな島国ナウルである。

 だがパプアニューギニアのマヌス島にある収容所を視察した国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによれば、そこでの収容者の扱いは「残酷で屈辱的」であり、「彼らが出身国に帰るよう促す意図的な試み」だと批判している。
昨年11月下旬には複数の収容者がアメリカとカナダの当局に書簡を送り、自分たちは「オーストラリア版グアンタナモ」に拘束されていると訴え、難民としての受け入れを懇願している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダ首相、対ウクライナ25億ドル追加支援発表 ゼ

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中