最新記事

韓国

教科書の国定化で朴槿恵が陥る深刻なジレンマ

教科書の固定化、画一化を許せば、朴正煕の軍事独裁が美化されかねない

2014年9月12日(金)12時52分
前川祐補(本誌記者)

歴史問題 国定教科書で朴が描きたい歴史とは? Ahn Young-joon-Pool-Reuters

 韓国で歴史教科書をめぐる激しい議論がまた始まった。ただし、今回の対象は日本のものではなく、韓国の教科書だ。

 発端は先月、新教育相が人事公聴会で「重要な歴史は国が教えるべき」と、政府が作る国定教科書の復活を示唆したこと。韓国では74年に当時の朴正煕(パク・チョンヒ)政権が導入して以降、長らく国定の歴史教科書が使われてきた。

 しかし、歴史学会や国民から批判を受けて、リベラル系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が07年に廃止を決定。その後は検定制度が導入され、複数の民間企業が教科書を作成して学校側が選ぶ仕組みに変わった。

 だが、保守派の李明博(イ・ミョンバク)前政権時代に国定教科書復活へ向けた揺り戻しが始まり、同じく保守派の朴槿恵(パク・クネ)政権がこの動きを本格化。先月末、教育部が国定化を議論する討論会を開いた。

 これに韓国の歴史学会が猛反発。「歴史教育が画一化されれば多様な思考能力が育たない」「40年前の軍事独裁政権に退行する行為」と、政府に対し国定化の動きをやめるよう声明を発表した。歴史を教える教師の97%が国定化に反対するとした調査結果も公表された。

 背景にあるのは、朴正煕時代をはじめとする過去の独裁政権時代が美化されるという懸念だ。一方で保守系の団体は、現在の教科書が民主化運動や反政府デモを取り上げる量が過剰に多いと批判している。

 韓国の歴代政権は、日本が歴史教科書で過去を歪曲しているとして非難を繰り返してきた。その韓国で教科書が再び国定化されれば、歴史問題で日本を批判してきた韓国政府は自己矛盾に陥りかねない。再国定化すれば、政権は自国の歴史を自分たちの都合のいいように「修正」する誘惑に駆られるからだ。

 朴正煕の時代は苛酷な軍事独裁によって国民を圧迫する一方、韓国が飛躍的に経済発展した時代でもあった。娘である槿恵は、国定教科書によって父の時代を美化したいのかもしれない。ただ無理強いすれば、日本の歴史問題との矛盾、そして父の独裁政権への再批判という火の粉が自分に降り掛かることになる。

[2014年9月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=ダウ一時1000ドル超値上

ビジネス

テクノロジー主導の生産性向上ブームが到来=米シカゴ

ワールド

ガザの学校に空爆、火災で避難民が犠牲 小児病院にミ

ワールド

ウクライナ和平交渉、参加国の隔たり縮める必要=ロシ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 2
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学を攻撃する」エール大の著名教授が国外脱出を決めた理由
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考…
  • 8
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 9
    トランプの中国叩きは必ず行き詰まる...中国が握る半…
  • 10
    ウクライナ停戦交渉で欧州諸国が「譲れぬ一線」をア…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中