最新記事

化学兵器

シリア内戦で高まるサリン使用の現実味

アサド政権が自国民に化学兵器を使用する──その悪夢を防ぐために国際社会が取れる対策はあるのか

2013年1月9日(水)17時17分
フレッド・カプラン

既に地獄 アサドは化学兵器の使用も躊躇しない?(写真は北部の都市アレッポ) Zain karam-Reuters

 化学兵器の使用は「レッドライン(越えてはならない一線)」を踏み越す行為だ──オバマ米大統領は、シリア政府に警告を発し続けてきた。

 もっとも、犠牲者の数が約4万人に達している内戦で、シリアのバシャル・アサド大統領は既に通常兵器で多くの自国民の命を奪うなど、凶悪な行為を重ねている。オバマや世界の国々の指導者たちはなぜ、今頃化学兵器にことさら神経質になるのか。そして、もしシリアがその「ライン」を踏み越えた場合、どう対応するのか。

 見落とせないのは、いくつかの点で化学兵器が旧来型の兵器と性格が異なるという点だ。

 米NBCテレビは先週、シリア軍が化学兵器の一種であるサリンの原料物質を爆弾に搭載したと報じた。その爆弾を戦闘爆撃機に載せれば、標的の上空から投下できる。

 サリンは、ごく微量で人を死に至らせる場合もある極めて致死性の高い神経ガスだ。アサド政権はこの原料となる物質をおよそ500トン蓄えているとされる。アサドがその気になれば、いくつもの都市を滅ぼせることになる。

 その危険性こそ、化学兵器が特に警戒される理由の1つだ。化学兵器は、核兵器および生物兵器と共に「大量破壊兵器」に認定されており、その使用、製造、貯蔵を禁止する化学兵器禁止条約に188カ国が署名・批准している。未署名なのはシリアを含む6カ国だけだ。ほかの5カ国はアンゴラ、エジプト、北朝鮮、ソマリア、南スーダン。イスラエルとミャンマー(ビルマ)は、署名したものの批准を完了していない。

 こうした点で、化学兵器と通常兵器の間には、人道上・国際法上の明確な一線がある。世界の指導者は、もしアサドが一線を越えれば、極めて強い態度で応じる義務がある。化学兵器の使用を一切許さないというメッセージをすべての国にはっきり示す必要があるからだ。

 もっとも、オバマが厳しい姿勢を取る理由はほかにもある。そこには、アメリカの安全保障上の打算も働いている。

 軍事強国の指導者はみな、化学兵器に警戒心、もっと言えば恐怖心を抱く。化学兵器は、軍事的強者と弱者の力の差を狭める効果が大きいからだ。極めて小さな国でも化学兵器を保有していれば、大国が脅して屈服させたり、政権を倒したりすることが難しくなる。

 さらに小国にとっては、化学兵器は核兵器より優れた点がある。核兵器を保有するには、ウラン濃縮施設やミサイル、ロケット発射センターなど、高度な施設や装備が必要だ。核兵器や関連施設は基本的に所在場所が固定されているので、発見・破壊される恐れもある。化学兵器は、そういうデメリットが核兵器よりずっと少ない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 3
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 4
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 4
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中