最新記事

北朝鮮

金正恩が側近を「粛清」した訳

突然の政変は改革の始まりではなく、新体制の強化が本当の狙いだ

2012年9月7日(金)15時16分
ブラッドリー・マーティン

金正日総書記の中央追悼大会で金正恩(左から2番目)の横に立つ李英鎬(左端、ロイターテレビから) Reuters TV-Reuters

 北朝鮮の李英鎬(リ・ホンヨ)軍総参謀長、突然の解任──。このミステリーを解き明かそうとする一連の報道に目を通すだけで、一日の大半が終わってしまう。大量の仮説の中から、まずは信憑性の低い情報を切り捨てていこう。

 例えば、李がクーデターを企てていたとも伝えられるが、これが本当なら処刑されているはずで、解任では済まされない。

 金正恩(キム・ジョンウン)第1書記が先代の金正日(キム・ジョンイル)総書記が敷いた先軍政治に幕を引き、改革開放路線に舵を切る決意の表れと見る向きもある。改革に反対する李が目障りだったというわけだ。興味深い見方だが、金正恩に改革の気配はほとんど見られない。金正日時代との違いがあるとすれば、女性のスカート丈が短くなったことぐらいだろう。

 では何が起こっているのか? 最良のシナリオは、軍部の誰かが立ち上がり、金王朝を転覆するというものだ。当然、金王朝もこのシナリオの可能性を認識し、常に警戒してきた。だから保守派であろうと改革派であろうと、軍将校が時の指導者と対等関係に見えることを許してこなかった。

 李の問題は、金正恩と対等のように見え始めたことかもしれない。昨年、金父子は李を挟んで一緒に写真に納まったりしていた。金正日の葬列では正恩と李が一緒にひつぎの前を歩いた。

 金ファミリーが肝に銘じてきたのは、警戒していても寝首をかかれるということ。仮に李がたった1回横目で視線を送っただけでも、金正恩はこう思っただろう。ローマ皇帝カエサルが、後に彼の暗殺を企てたカッシウスに見た目つきと同じだと。その時点で李の運命は決まったのかもしれない。

 朝鮮労働党政治局会議では、延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件やミサイル発射の失敗、軍の資源の民間転用をめぐる対立が李の解任の理由とされた可能性がある。

 だが過去にもこうした対立があった高官はいるが、降格されこそすれ全役職を解かれることはなかった。金達玄(キム・ダルヒョン)元副首相は資源の配分をめぐり軍部と対立、化学工場の責任者に左遷された。北朝鮮当局は李解任の理由を「病気」だと発表したが、過去には認知症を患った高官でも肩書は維持できた。

 だが金ファミリーから政権を奪おうという野心がわずかでも見えた場合には、直ちに排除されるだろう。そして李解任の翌日に抜擢された玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)のように、後任は脅威になる恐れがない人物でなくてはならない。金正恩の叔父で後見人の張成沢(チャン・ソンテク)が最近、正恩の警護チームの統括者になったことも興味深い。

 やはり金正恩が改革に向かっている兆候は見えない。軍の部隊を民間事業に出向させたのは国民のためではなかった。新農業政策も集団農場時代と何ら変わりない。

 金正恩は当面、このまま支配体制の強化に力を入れるのだろう。それには、偉大なる先人の外見や身のこなしをまねることも含まれる。とはいえ、まねる相手は中国の改革者、鄧小平ではない。金王朝を創設し、
半ば神格化された祖父、金日成だ。

 金日成の思想を捨てない限り、真の改革は望めないだろう。

GlobalPost.com特約

[2012年8月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中