最新記事

中東

軍に乗っ取られた? 新生エジプトのピンチ

反政府デモの間は民衆の味方を演じた軍部が行政、立法、司法の三権を掌握、本性を表した

2012年6月21日(木)18時43分
エリン・カニンガム

次も独裁 ムバラクを倒した民衆の英雄的な戦いも水の泡 Reuters

 エジプトの大統領官邸に、反政府勢力が押し寄せた訳ではない。国営放送局が突然占拠されたり、真夜中に政治家が処刑された訳でもない。

 しかし先週からカイロで起きている出来事を、多くのエジプトの専門家は「軍事クーデター」と表現している。「戦車ではなく司法によるクーデターだ」と、カイロ・アメリカン大学の歴史学部長ハレド・ファハミは言う。

 今月16日にエジプト大統領選の決選投票が締め切られた1時間後、暫定統治を行う軍最高評議会(SCAF)は、行政権だけでなく立法権と無期限の憲法統治権を自らに付与する憲法令を発布した。この2日前には最高憲法裁判所が、昨年11月〜今年1月に選挙で選ばれた人民議会(下院)の議員の3分の1が違法に選出されたとして、議会を無効とする判断を下したばかりだった(軍はその後、下院を解散してしまった)。

 大統領選の非公式の途中集計では、イスラム主義組織「ムスリム同胞団」が支持するムハンマド・ムルシが僅差で過半数を獲得し、アフメド・シャフィク元首相を下したとされている。

 しかし軍部の権限拡大によって、選挙結果はほとんど意味を持たなくなった。新大統領に残されたのはうわべだけの権力だ。

 軍部は今月30日にすべての統治権を文民政府に移譲すると約束している。しかし新たな憲法と議会ができるまで、司法権だけは軍部が継承するという。

「事実上の『国家内国家』が設立された」と、長年エジプトの軍事問題を分析してきたファハミは語る。「SCAFを定義する法律をSCAF自身が立法する。それを誰が止められるのか? 法の支配の深刻な危機だ」

「市民の擁護者」だったはずが

 以前のエジプト軍は、影響力は大きいもののもっぱら舞台裏で活動してきた。しかし昨年、ムバラク政権が民主化運動によって崩壊した後は、暫定的な統治者となった。

 打倒ムバラクを掲げる反政府デモが吹き荒れた昨年1月、軍は戦車を街頭に出動させたが、反体制派の市民に向かって発砲したりしないと約束。市民は兵士たちを自分たちの味方として歓迎した。

 昨年2月には軍部の将軍たちがムバラクに引導を渡し、その後も生まれたばかりの民主主義の擁護者の役割を果たしてきた。「議会が選出されて憲法が制定されるまで、当時の状況では軍部がこうした役割を担う必要があった」と元准将の軍事アナリスト、モハメド・カドリーは言う。

 ところが新憲法の下でも、軍部は特権にしがみつき、ムスリム同胞団が支持する自由公正党や民主主義活動家たちの妨害をするようになった。

 決選投票の直前には軍警察の逮捕権限を拡大する決定が発表された。

 SCAFの狙いは権力ではないかと疑念を抱いていた人々にとってさえ、今回の憲法令は驚きだった。「軍部の独断は予想を遙かに超えるものだ」と、ファハミは言う。「軍部は憲法を自ら作り、法律を作り、それを執行しようとしている」

 カイロ郊外ギザ地区のムスリム同胞団の組織幹部アミル・ダラーグも、「エジプト政界に対する開戦宣言だ」と危機感を強めている。「エジプト政治には、文民勢力がもう一人も残っていない」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

焦点:税収増も給付財源得られず、頼みは「土台増」 

ワールド

米、対外援助組織の事業を正式停止

ビジネス

印自動車大手3社、6月販売台数は軒並み減少 都市部

ワールド

米DOGE、SEC政策に介入の動き 規則緩和へ圧力
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 9
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中