最新記事

貿易

周回遅れでTPPに目覚めたカナダの焦り

ようやくアジアの重要性に気付いた保守党政権は交渉参加国からの支持取り付けに奔走中

2012年4月5日(木)14時52分
ヒュー・スティーブンズ(TPCコンサルティング代表)

180度転換 カナダのハーパー首相(右)は昨年11月のAPECサミットでTPP交渉参加に舵を切った(左はペルーのウマラ大統領) Jason Reed-Reuters

 カナダのスティーブン・ハーパー首相は昨年11月、ホノルルで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に際し、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加に関心があると公式に表明した。

 カナダの姿勢が180度転換したことを示す発言だった。それまでカナダはTPPを遠くから冷ややかに眺めるだけで、前提条件をのまなければ参加できないような交渉には加わらないと明言していた。

 カナダはこれまで、TPPの重要性を認識していなかったのだ。TPPは当初、経済規模の小さい4カ国で細々と発足した(ニュージーランド、チリ、シンガポールに加えて、土壇場でブルネイが参加)。08年にペルーで開かれたAPEC首脳会議を契機に拡大交渉が始まった。

 アメリカが交渉参加を決めたのは、ジョージ・W・ブッシュ大統領の時代だ。議会の批判をかわすためにも貿易交渉で成果を挙げる必要があったブッシュ政権は、将来的なアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想も視野に入れながら、TPPの拡大交渉に参加。これを機にペルー、オーストラリア、ベトナム、少し遅れてマレーシアが参加を表明した。

日本の意思表示に便乗

 それでも、少数与党だったカナダの保守党は、自国の将来にとってアジアが意味するものが大きいということ(もしかすると北米やヨーロッパよりも大きいこと)を認識していなかった。だがここ2年ほどで、TPPは無視できない存在になった。

 アメリカがバラク・オバマ大統領の下でTPP交渉に本腰を入れる意向を示し、09年から交渉が活発化。昨年11月のAPEC首脳会議の際には、交渉参加9カ国が「野心的で21世紀型の協定」の大枠の合意に達したという声明を発表し、12年中の最終妥結を目指すという工程も示された。

 TPPが現実味を帯びるなかで、カナダは蚊帳の外に置かれていることに危機感を抱き始めた。そこでTPP交渉参加の可能性についてアメリカの意向を探ったが、オバマ政権の反応は素っ気なかった。

 第1に、交渉参加国が増えれば、ただでさえ厄介な交渉がさらに難航しかねないという問題があった。参加国にはオーストラリアやニュージーランドといった先進国もあれば、ベトナムのように政府の主導によって経済の舵取りをしている新興国もあり、各国の経済的利害はそれぞれ異なる。

 第2の理由は、アメリカが目指す野心的な合意の成立に、カナダが積極的に貢献するかどうか分からなかったこと。カナダの知的所有権関連法は「ざる法」であることで知られる。映画など広範な「文化産業」を自由貿易交渉から除外するよう要求してもいる。

 さらにカナダは、酪農・養鶏分野で時代遅れの供給管理制度にしがみついている(これはアメリカよりニュージーランドにとって重要な点かもしれない)。そのためこの分野で、外国製品はカナダ市場から事実上締め出されている。

 ひとことで言えば、カナダはあまり歓迎されていなかった。しかし、誰もそれを表立って言いたくなかったし、カナダも参加を明確に表明して拒否されるリスクは避けたかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中