最新記事

オペラ

世界を挑発する派手好きディーバ

劇場のトイレ掃除係から大スターに上り詰めたアンナ・ネトレプコのきらびやかで素朴な素顔

2011年12月28日(水)13時22分
ピーター・ポメランツェフ(英テレビプロデューサー)

スター誕生 05年のザルツブルク音楽祭で『椿姫』のビオレッタ役を演じ一躍スターに Leonhard Foeger-Reuters

「オペラ歌手って退屈な人が多いの。もっと人生を楽しんでほしい。もっと......もっと......」

 世界一有名なオペラ歌手アンナ・ネトレプコは言葉に詰まった。もっとゴージャスに? もっと社交的に? それがほとんどのオペラ歌手にはなくて、彼女がたっぷり持ち合わせているものだろうか。

 ネトレプコは少なくともドイツとオーストリアで、ビヨンセより多くのアルバムを売り上げている。08年にはオンライン誌ミュージカル・アメリカの最優秀アーティスト賞を受賞。プレイボーイ誌の「クラシック音楽界で最もセクシーなベイビー」にも選ばれ、ポップスターの人気を持つオペラ歌手という地位を築き上げた。

 だがネトレプコの特徴を最もよく言い表しているのは、彼女自身がお気に入りの言葉「ラズルダズル(きらびやかな)」だろう。より正確には、彼女がロシア語なまりの英語で言う「ラララァァァズズゥルル・ダズズズズルル」だ。

 アルプスの美しい山々と紺碧の湖を望むホテルのテラスで、ネトレプコはラズルダズル論をまくし立てた。私が飲み物を注文すると、彼女は私の手を握り、声を押し殺して言った。

「注意したほうがいいわよ。昨日の夜ちょっと飲もうと思ってここに来たの。シュナップスを注文したら、ものすごく小さいのを運んできた。本当に小さいのよ! 『そんなの飲み物じゃない。ダブルサイズにして』と言うと、ダブルを運んできたけどそれも小さい! だから『トリプルにして』と言ったの。それでようやく普通のサイズ。ところが伝票を見たら150ユーロって書いてあるじゃない! シュナップスによ。ただのウオツカみたいなものなのに!」

 ネトレプコの会話を普通の文章で表現するのは不可能だ。フェースブックの書き込みみたいに、「!!!」とか「??!!」といった感情記号や絵文字を駆使しないと伝わりそうにない。

 上品そうな少女がサインをもらいに来た。ネトレプコは大喜びだ。「うふふ」と彼女は笑った。「私って有名でしょう!」

 第二の祖国ともいえるオーストリアとドイツで、ネトレプコはどこに行っても振り向かれる有名人だ。オペラ歌手としてだけでなく、シャンプーの広告に出てくる色気むんむんの黒髪のスターとしても知られている。

 彼女が「グラビア系」として騒がれるようになったのは、05年のザルツブルク音楽祭で『椿姫』の高級売春婦ビオレッタを演じてから。胸元が大きく開いた赤いサテンのドレスを着て、ネトレプコは足を組み替え、蹴り上げ、指をかみ、色気たっぷりの挑発的な視線を聴衆とオーストリア全土(国営テレビで生放送されていた)に投げ付けた。

 すぐにオーストリアは彼女に市民権を与えた。市民権授与の重要な基準となるドイツ語を、ネトレプコがまったく話せないにもかかわらずだ。「(オーストリア人は)一度好きになった相手はずっと好きでいてくれるみたい。ウィーンは素晴らしい。飛行機に1時間乗ればヨーロッパ中どこにでも行けるし!」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 8
    三船敏郎から岡田准一へ――「デスゲーム」にまで宿る…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中