最新記事

NASA

20世紀の宇宙競争はロシアの勝利で幕

「最後のスペースシャトル」の帰還でNASAの時代は終わり、当面、人間を宇宙に送れるのはロシアだけだ

2011年8月26日(金)16時39分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

新時代 宇宙開発は国家競争から世界プロジェクトに(モスクワで訓練中の宇宙飛行士) Sergei Remezov-Reuters

 先週、フロリダ州のケネディ宇宙センターから「最後のスペースシャトル」アトランティスが打ち上げられた。これで50年代に始まった宇宙開発競争の第1章の幕が下りる。

 12日後にアトランティスが地球に帰還すると、アメリカでは半世紀ぶりに、進行中の有人宇宙飛行計画がなくなる。今後はアメリカより不細工で時代遅れだが、安上がりで安定したロシアの技術が主役となる。

 「宇宙の探検はわれわれのDNAに組み込まれている」と、5月にエンデバーで宇宙に向かう直前に、船長を務めたマーク・ケリーは報道陣に語った。

 しかしシャトル計画はカネが掛かる上、簡単に再利用できる宇宙船を建造して頻繁に宇宙へ行くという当初の目的を、結局は果たせなかった。NASAが1920億ドルを投じて135回のミッションを重ねたシャトル計画を終了するのは、膨れ上がる費用と批判のせいだ。

 宇宙開発競争は、最盛期の60年代は「まさに核開発の代理戦争だった」と、宇宙開発に詳しいサイエンスライターのピアーズ・ビゾニーは言う。「米ソは平和の名を借りた破壊技術の潜在能力を競い合った」

 しかし大半のアメリカ人にとって、69年にアームストロング船長が月面に降り立った瞬間、ソ連との宇宙開発競争は勝利で幕を閉じた。「ロシアに比べて、21世紀に入ると関心も薄れた」と、ビゾニーは言う。

 対するロシアでは、宇宙開発競争は今も国家のプライドに関わる。今年4月12日には、ガガーリンが人類初の有人宇宙飛行に成功してから50周年を祝う式典が盛大に行われた。

 昨年12月にロシアの人工衛星3基が打ち上げに失敗、太平洋に落下すると、メドベージェフ大統領は責任者を更迭。今年初めには、独自の宇宙開発は「わが国の科学的野心」であり、取り組まなければ世界に「取り残される」と語った。

火星着陸の「予行演習」

 とはいえ、最先端の宇宙開発は、1つの国が単独で取り組むには複雑過ぎて高価過ぎるプロジェクトになった。「今はすべての国が1つの共同チームだ」と、NASAのジョエル・モンタルバーノは言う。国際宇宙ステーション(ISS)もアメリカ、ロシア、日本、カナダ、ヨーロッパの共同プロジェクトだ。

 一方、中国は他国がはるか昔に達成した技術を再現することに余念がない。03年には初の有人宇宙船、神舟5号の打ち上げに成功した。13年までに無人探査機を月に着陸させる計画だ。

 半世紀前の宇宙開発は秘密主義で、宇宙飛行士さえ「訓練の目的を知らないときもあった」と、初代スプートニクを開発したオレグ・イワノフスキーは言う。現在、NASAはモスクワのロスコスモス(ロシア連邦宇宙局)内に事務所を構え、ロスコスモスはヒューストンのNASAに代表を派遣している。

 アメリカの最近の研究は、重量物打ち上げロケットを大気圏外に送るミッションが中心だ。ロシアは500日以上に及ぶ火星探査に向けて、宇宙飛行士の訓練と生命維持、生理学の研究に力を入れている。

 ロシア科学アカデミー生物医学問題研究所は昨年6月から、模擬宇宙船に男性6人を隔離して火星探査のシミュレーションを行っている。今年2月には火星(に模した地面)に着陸。11月に地球に「帰還」する。

 ロスコスモスによると「乗組員」の生理状態は良好だ。その後はISS内で実際の宇宙船の環境を再現し、同じ実験を行う。

 ガガーリンが地球の境界を超えてから半世紀。宇宙開発競争の主役は国から世界に代わった。政治的な思惑はともかく、人類が踏み出す次の未知なる一歩は、どこかの国だけでなく世界全体の一歩となる。

[2011年7月20日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪首相、12日から訪中 中国はFTA見直しに言及

ビジネス

ドイツ輸出、5月は予想以上の減少 米国向けが2カ月

ビジネス

旧村上ファンド系、フジ・メディアHD株を買い増し 

ワールド

赤沢再生相、米商務長官と電話協議 「自動車合意なけ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 5
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    米テキサス州洪水「大規模災害宣言」...被害の陰に「…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    中国は台湾侵攻でロシアと連携する。習の一声でプー…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中