最新記事

体験記

僕がハリウッド芸能記者を辞めた訳

13年にわたる記者のキャリアを捨てて、ボランティア組織で一からやり直そうと思ったのは、アンジェリーナ・ジョリーのひとことがきっかけだった

2011年7月4日(月)14時20分
ショーン・スミス(元本誌記者)

人生の意義 国連の人道支援活動を始めてから幸せになったと、アンジェリーナ・ジョリーは語った(写真は09年、ケニアの難民キャンプにて) Boris Heger-UNHCR-Reuters

 悪いのはアンジェリーナ・ジョリーだ。

 僕が13年にわたるエンターテインメント記者のキャリアを捨てて持ち物のほとんどを売り払い、43歳にして平和部隊に入隊したのは、4年前にインドでジョリーに言われたことがきっかけなのだから。

 1961年、大統領就任直後のジョン・F・ケネディが創設した平和部隊は、今年で50周年。これまで20万人を超えるアメリカ人ボランティアをビジネス、環境、農業、公衆衛生その他分野の教師やアドバイザーとして途上国に派遣してきた。

 最近はあまり脚光を浴びない平和部隊だが、再び盛り上がりを見せている。09年、上院は平和部隊の予算を3億4000万ドルから4億ドルに引き上げることを承認。1年の増額としては、発足以来、最大の金額だ。

 06年11月、ジョリーに取材するためムンバイに到着したときの僕は、もちろんそんなことはちっとも知らなかった。当時の僕は映画専門のジャーナリストになって10年、ニューズウィークで働きだしてから4年。僕のアンテナには、平和部隊など引っ掛かりもしなかった。

「ディズニーランド的」な記者生活

 とはいえ、仕事への不満は募っていた。どんなに成功しても満たされない思いは消えそうにない。仕事はできたし給料も良かったが、虚構でしかないものにエネルギーをつぎ込んでいる感覚が常に付きまとっていた。

 ハリウッドを取材するのは、ディズニーランドの専属記者になるようなもの。最初のうちは、毎日を「世界一ハッピーな場所」で過ごせるのが信じられない。誰もが僕の仕事について興味津々で聞いてくる。周囲はお姫さまだらけで、空は妖精がばらまく魔法の粉でキラキラしている。

 しかし2年、3年とたつうちに、夢の世界を「製造」するビジネスのカラクリが分かってくる。ガラスの靴を脱いだシンデレラの素顔も見えてくる。そしてある日、気付くのだ。魔法が解け、自分が小さな小さな世界に閉じ込められていることに。

 そういうわけで、インドに着いた頃の僕は本物の何かを求めていた。そして求めた以上のものを手に入れた。

 人口1800万人のムンバイでは住民の43%がスラムで暮らし、その貧困は気がめいるほどすさまじい。僕はすっかり動揺し、国連親善大使を務めるジョリーにどうやってこの苦しみに耐えているのか尋ねてみた。

 苦しいのは確かだけれど、活動に打ち込んでいるから参ってなどいられないと、ジョリーは言った。ジョリーの人道支援活動は、世界各地で起きている危機に世間の目を向けさせていた。

女優というだけで有名だった頃の空しさ

「それができなければ、自分の無力さにやっていられなくなると思う」。ムンバイの町を車で走りながらジョリーは言った。

「誰にでも途方に暮れる時期はあるけれど、要は目的意識を持てるかどうかだと思う。女優というだけで有名だった頃、私の人生はとても底が浅い気がした。幸せになったのは母になり、国連で働き始めてから。今なら人生を全うした、と満足して死ねる。単純な話よ」

 おすすめのレストランは別として、僕はセレブのアドバイスは聞かない主義だ。あのときも、すぐに辞表を出したわけではない。だがジョリーの言葉はいつまでも心に残った。仕事への違和感が深まるにつれ、答えはここにあると思うようになった。

 思えば僕は完全に自由なのだ。いくつか犠牲を払いさえすれば、目的意識を見つけ、意義を感じられる仕事に就き、人を助けることができる。世界で最も華やかな場所で10年間過ごした後だって、自分次第で世界はもう一度大きくなるのだ。

 1年半前、僕は平和部隊に応募した。そして2年と3カ月間、HIV(エイズウイルス)の啓発活動に従事するため、間もなく南アフリカにたつ。楽しみではあるけれど、正直な話、ハリウッド仕込みの生活を捨て切れたわけではない。今も重量制限35キロの荷物にキールズの保湿クリームをいくつ押し込めるか、頭を悩ませているところだ。

 でも、迷いはない。この経験が僕をどこへ連れて行くのかは分からないが、もう迷子になった気はしない。僕のコンパスは正しい方角を指している。

[2011年2月 2日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中