最新記事

国際政治

独裁者の代理人がうごめく

2010年8月31日(火)12時40分
ジョシュア・カーランジック(米外交評議会研究員)

「以前は電話の通話記録や面会記録をすべて残すよう細心の注意を払っていたが、一部にまったく報告を行っていない人たちがいることに気付いた」と、あるロビイストは言う。「そういう人たちは処罰されたか? おとがめなしだった」。確かに60年代半ば以降、開示義務に違反して有罪判決を受けた人物は1人もいない。
見過ごせないのは、抑圧的な国のロビイストを務めていた経験を持つ人物がいつの間にか政府入りする可能性があることだ。

 この問題に関して近く著書を出版する外交の専門家ジョン・ニューハウスによれば、08年のアメリカ大統領選でバラク・オバマと大統領の座を争ったジョン・マケイン上院議員の有力な外交顧問の1人だったランディ・シュネマンは、選挙戦と同時期にグルジア政府(人権侵害で批判されていた)に雇われてロビー活動を行っていた。マケインは人権問題重視の姿勢で知られているが、陣営ではシュネマンのロビイストとしての仕事を問題にしなかったようだ。

独裁者の声しか届かない

 ロビイストのエーモス・ホックスティーンは、ロビー組織キャシディ&アソシエーツ時代に赤道ギニアを担当。同社を退社後、08年の大統領選に名乗りを上げたクリストファー・ドッド上院議員の陣営で高い地位に就いた(ドッドは民主党予備選レースの途中で選挙戦から撤退した)。ドッドも人権問題に熱心なことで有名な大物議員だ。

 独裁体制のロビー活動が効果を発揮すれば、ワシントンでの風当たりが弱まる場合もある。赤道ギニアのヌゲマは、腐敗した独裁者と見なされていたが、今ではアメリカの強固な同盟国、アメリカ企業の友人と思われている。
 
 06年、ヌゲマは米国務省を訪問して当時のコンドリーザ・ライス国務長官と会談。ライスから「良き友人」という言葉を引き出した。09年にはオバマと会談し、一緒に記念撮影を行った。オバマとの記念撮影は、外国の指導者の多くが熱望するイベントだ。

 赤道ギニアだけではない。複数の議会スタッフによると、カザフスタンの独裁政権が欧州安保協力機構(OSCE)の2010年の議長国に選ばれたのは、同国政府がロビイストを雇って、人権侵害を批判していた米議会の議員たちを沈黙させたからだという。

 エチオピア政府はロビー活動を通じて、独裁強化に対する批判を和らげることに成功した。エチオピア政府の代理人を務める法律事務所DLAパイパーは米議会の議員たちに宛てた書簡で、「『政治犯』もしくは『良心の囚人』という言葉は定義が曖昧で、エチオピアの状況を正確に言い表せない」と主張。エチオピア政府の反体制活動家拘束を非難する法案からこれらの言葉を削除すべきと訴えた。
 
 なるほど、民主主義国も大抵ワシントンにロビイストを確保して、通商問題や知的財産権問題で自国の主張を代弁させている。しかし自由な国では、政府と対立する勢力や人権擁護団体もワシントンで独自にロビイストを雇い、自国政府と異なる自分たちの主張をアメリカに訴えられる。

 抑圧的な国では、そうはいかない。中国政府と対立する亡命チベット人勢力など例外はあるが、独裁国家で活動する人権擁護団体のほとんどは、米政界に働き掛ける機会がない。資金が十分になく、ヌゲマのような人物のロビー活動に太刀打ちできない場合も多い。

 その結果、世界の「悪党」たちの声ばかりがワシントンに届き、独裁者と戦う人々の声は聞こえないままになっている。

[2010年8月 4日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7、国際最低課税から米企業除外で合意 「報復税」

ワールド

米税制・歳出法案、上院で前進 数日内に可決も

ワールド

マスク氏、税制・歳出法案また批判 「雇用破壊し米国

ワールド

トランプ氏、イスラエル首相裁判巡り検察を批判 米の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影してみると...意外な正体に、悲しみと称賛が広がる
  • 3
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急所」とは
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    キャサリン妃の「大人キュート」18選...ファッション…
  • 7
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 8
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中