最新記事

崩壊国家

北朝鮮、ホラー医療の証言

ろうそくの明かりの下で麻酔なしの手術は当たり前。「人民の医療は無料」を誇る金正日体制の恐ろしい実態

2010年8月26日(木)14時53分
ラビ・ソマイヤ

「わが人民にかかる医療は無料」。それが長年にわたる北朝鮮の国是だ。だが、このほど国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが脱北者を対象に行った聞き取り調査(7月15日に公表)から、この国の医療の恐ろしい実態が浮かび上がった。

 調査に応じたのは、40人余りの脱北者。証言によると、病院には電気も暖房もなく、診療はろうそくの明かりを頼りに行われている。最低限の医薬品も常備されておらず、切断手術が麻酔なしで行われることもある。

 咸鏡北道出身の24歳の男性フアンは、00年に走行中の列車から転落し、くるぶしの骨がつぶれた。医師はふくらはぎから下を切断する必要があると判断し、手術を行った。

「看護師5人に手足を押さえ付けられた」と、彼はアムネスティに語っている。「あまりの激痛に悲鳴を上げ、気を失った。病院のベッドで意識が戻ったのは1週間後だった」

 フアンは、麻酔なしで手術を受けた患者をほかにも知っていると語っている。栄養不足によるなども多いため、切断手術は頻繁に行われているという。

 政府が「医療は無料」とうたっても、人々は市販の薬を買わなければならない。「北朝鮮の人々は金がなくても、診療を受けられると思って病院に行く」と、03年に北から逃れたソンは語る。

「医師は診察だけして、薬は市場で買えと言う。病院には薬がない。医師が生活のために、薬を持ち出して売ってしまうからだ。病院を辞めて、市場で薬を売っている医師や看護師もたくさんいる。病院で働くより金を稼げるからだ。彼らも生きていかなくてはならない。だから結果的に、市場の薬売りは医学の知識を持っている」

食糧難も再確認されて

 アムネスティの調査報告書は食糧不足にも触れている。アムネスティは90年代に北朝鮮を見舞った飢饉で100万人以上が餓死したと推定しており、それが今回の調査で再確認できたという。

 90年代の飢饉のとき、北朝鮮当局は「1日2食」運動を展開し、木の皮や根、草を食べるよう呼び掛けた。国連が96年に発表した報告書は、こうした食事が全体の3割程度を占めていたと推定している。現在でも食糧は配給制で、不作の時期には配給が完全に止まることもある。

 当局は食糧危機を緩和するため、00〜04年には市場での農産物の取引を容認した。だがその後、自家消費用の作物栽培を禁止し、作物の生産と取引の担い手である女性に労働を禁じた。

 咸鏡北道出身の39歳の女性の話では、3人家族の彼女の家に配給される穀物は、90年代の飢饉の時期に1日700グラムから450グラムに減った。「月にトウモロコシ15キロ、コメ1〜2キロの配給があった。生活費の足しにするため、トウモロコシから酒を造って売った。トウモロコシの搾りかすも食べた。苦くて食べにくいが、それで空腹を紛らすしかない。トウモロコシの皮は豚の餌にした。私たちは豚も市場で売って、わずかな現金収入を得ていた」

 今も消化器の異常や栄養失調に苦しむ人は多いとみられる上、餓死者が多数出ていることは多くの調査で確認されている。だが、この国はまだまだ外部に対して閉ざされており、正確な実態を知るのは難しい。

 国民の困窮をよそに、グルメで名高い金正日(キム・ジョンイル)総書記は、世界中から取り寄せた高級食材を堪能しているという。

[2010年8月 4日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ステーブルコイン、決済手段となるには当局の監督必要

ワールド

ガザ支援船団、イスラエル封鎖海域付近で船籍不明船が

ビジネス

ECB、資本バッファー削減提案へ 小規模行向け規制

ビジネス

アングル:自民総裁選、調和重視でも日本株動意の可能
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけではない...領空侵犯した意外な国とその目的は?
  • 3
    【クイズ】身長272cm...人類史上、最も身長の高かった男性は「どこの国」出身?
  • 4
    なぜ腕には脂肪がつきやすい? 専門家が教える、引…
  • 5
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 6
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 7
    通勤費が高すぎて...「棺桶のような場所」で寝泊まり…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    10代女子を襲う「トンデモ性知識」の波...15歳を装っ…
  • 10
    アメリカの対中大豆輸出「ゼロ」の衝撃 ──トランプ一…
  • 1
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 10
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中