最新記事

東欧

ポーランド大統領墜落死は危機ではない

カチンスキ大統領の死去は国家的悲劇だが、反ロシアの姿勢が国民の共感を得ていたわけではなく、地域的な影響は小さそうだ

2010年4月12日(月)15時29分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

慰霊の灯火 大統領夫妻の死を悼み大統領宮殿の前には多くの花が添えられた(4月11日、ワルシャワ) Ints Kalnins-Reuters

 4月10日にポーランドのレフ・カチンスキ大統領や軍参謀総長らが飛行機事故で死亡したことが、同国にとって国家的悲劇であることは疑いようがない。しかし地域的、戦略的に多くの影響を及ぼすことはなさそうだ。

 議会共和制のポーランドでは、ドイツやイタリアと同様、大統領職は象徴的・儀礼的な役割を担っているだけ。カチンスキの政治的な役割は国外で元首としてポーランドを代表することに限定され、実際の政権運営を握っているのはドナルド・トゥスク首相だった。

 ロシアとの関係改善を進めるトゥスクの外交姿勢をめぐって、カチンスキとトゥスクはこの数カ月間、何度か衝突していた。最も最近2人の対立が表面化したのは4月7日、トゥスクとロシアのウラジーミル・プーチン首相が「カチンの森」事件から70周年の追悼式典に顔をそろえたときだ(「カチンの森」とは、第二次大戦中の1940年に旧ソ連の秘密警察がポーランド将校ら捕虜を大量虐殺した事件のこと)。 
 プーチンは、ボリス・エリツィン元大統領と同様、事件を「恐ろしい悲劇」と述べたが、同時にロシアとポーランドの人々の「和解の原点」にすべきだと強調。カチンスキは公式の追悼式典には出席せず、追悼代表団を引き連れてポーランド主催の独自の追悼式典に向かっていた。墜落事故はその途上で起きた。

大統領選では負けていた可能性も

 カチンスキの死去に伴い、今年秋に予定されていた大統領選挙は繰り上げられる予定だ。カチンスキの対抗馬と見られていたのは、ブラニスラフ・コモロフスキ下院議長。トゥスク率いる与党「市民プラットフォーム」の一員でもある彼は、選挙まで大統領職を代行する。
 
 事故の前、カチンスキは世論調査でコモロフスキの後塵を拝していた。トゥスクとラドスワフ・シコルスキ外相は、4年前にロシアがポーランド産の食肉の輸入を禁止したことで関係が悪化して以来、ロシアとの関係改善を目指してきた。反対にカチンスキと彼の兄で元首相のヤロスワフは、ロシアとの対立姿勢を鮮明に打ち出していた。ウクライナやグルジアとの連帯を掲げ、これらの国のNATO(北大西洋条約機構)加盟を支持した。

 しかし国民が望んだのは反ロシアではなかった。07年の下院選挙でヤロスワフ率いる「法と正義」は敗北。ヤワスワフは首相の座を譲り、トゥスクの親露政権が誕生したのである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

仏ルノー、S&Pが格上げ 投資適格級に復帰

ビジネス

情報BOX:次期FRB議長有力候補3人、その政策観

ワールド

焦点:トランプ氏のベネズエラ「部分封鎖」、台湾を脅

ワールド

海運マースク、約2年ぶりに紅海航行を完了
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 7
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中