最新記事

米政治

アメリカが育てた蛇頭の密航ビジネス

蛇頭をはじめとする中国からアメリカへの密航あっせんの実態を描いた新著からは、90年代のアメリカの移民政策の失敗が非合法ビジネス台頭の原因として浮かび上がる

2009年7月21日(火)18時13分
アンドルー・バスト

人も市場任せ 254人の密航者を乗せた船から積荷を降ろす米沿岸警備隊(09年7月) Reuters

 この10年、押し寄せるメキシコ人移民に悩まされてきたアメリカ。移民政策の改善が強く求められているが、改革は一向に進まない。そんななか、政治家や活動家から密入国者まで、この問題にかかわるすべての人にパトリック・ラーデン・キーフの新著をお勧めしたい。

『ザ・スネイクヘッド:チャイナタウンの地下世界とアメリカンドリームの叙事詩』は、緻密な取材と鮮やかな語り口で書かれている。グローバル化が猛烈に進む一方で、アメリカ政府の移民政策がいかに迷走してきたかを克明に描いている。

 アメリカは移民の国だ。命を捨てる覚悟で(実際その通りになる者もいる)数百万人もの人たちが毎年この国を目指している。しかし、移民に対する効果的で人道的な対策は、ジョージ・W・ブッシュ政権より以前の時代から欠如していた。

『ザ・スネイクヘッド』は、密航あっせん者を扱う物語としては最高の作品だ。中国の密航あっせん組織「蛇頭」の幹部シスター・ピンに関しては特にそうだ。ピンは、中国福建省からアメリカへの密航あっせんという複雑なビジネスを行うため、地下銀行を設立して膨大な富を築いた。

 ピンは米中両国に現金を溜め込んで融資を行い、違法な金融取引をニューヨークのチャイナタウンから指揮した。数え切れないほどの密入国もあっせんした。その多くが、辛うじて航海できるかどうかのオンボロ船によるものだったが、それによって世界中で200億ドル規模の密航ビジネスを成し遂げた。

マフィアというより多国籍企業

 一言で言うと、ピンは悪党だ。彼女は事業拡大のためチャイナタウンで冷酷な凶悪犯たちと手を組み、時に40万ドルの現金が詰まったスーツケースを手に取引を行った。1隻の密航船が沈没してグアテマラ沖で14人の遺体が発見された事件の際は、マフィアの闇の掟にのっとり、埋葬費用を負担した。

 だが、この地下組織を動かしたのはマフィアの流儀だけではなかったと、キーフは指摘する。「ある意味で、シスター・ピンの組織はマフィアというより、ビジネスを行うのに最適な経済と規制環境を探す多国籍企業のようなものだ」。こうした環境は、冷戦終結に伴う世界的な混乱のなかで生まれた。

 さらにこの作品は、失政の物語でもある。読者は、父ジョージ・ブッシュやビル・クリントン元大統領らが、少なくとも密入国という問題についてはグローバル化にうまく対応できなかったことを知らされる。

 90年代前半、外国からの送金によって福建省への直接投資は3億7900万ドルから41億ドルに膨れ上がった。この衝撃的な数字は、ピンのビジネスが成功していたことを示している。

 その一方で、「密航あっせんに対する刑罰は手ぬるかった」と、キーフは書く。天安門事件後、ブッシュはアメリカを目指すほとんどの中国人に門戸を開く政策を採った。ある調査によると、蛇頭のビジネス規模は90年代初頭に年間32億ドルまで成長したという。

 クリントン政権は米国移民帰化局(IRS)の予算を倍増させ、96年の移民改革法案を承認した。しかし、手遅れだった。その時までに、アメリカは移民にまつわる多くの問題をかかえてしまっていた。亡命者の収容所が満杯になった一方で、ピンのような蛇頭がビジネスを成長させていた。

 キーフは「IRSは緊張感がなく、資金不足で融通か利かず、奴隷制のような階級組織だった。蛇頭とは正反対だ」と書く。「世界的な人間の流れと懸命にかかわろうとする、国内向けの取締機関にすぎなかった」。グローバル化の陰の部分に、アメリカは気づくことができなかった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ECB総裁の後任、理事会メンバーなら資格ある=独連

ビジネス

欧州委、グーグルの調査開始 検索サービスで不公正な

ワールド

米、中南米からの一部輸入品で関税撤廃 コーヒーなど

ワールド

米上院民主党、対中輸出規制を一時停止したトランプ政
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 10
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中