最新記事

中東

中東民主化の夢を捨て冷戦期に戻ろう

泥沼化するイラクとテロの連鎖から抜け出すには米軍を域外に出し、地域大国を互いに牽制させる戦略が有効だ

2009年6月4日(木)18時38分
ジョン・ミアシャイマー(国際政治学者・シカゴ大学教授)

 新大統領の就任を控えた今も、アメリカは中東で泥沼にはまっている。バラク・オバマ次期大統領はイラクからの米軍撤退を公約したが、現地の情勢が近いうちに改善する気配はない。アメリカ軍へのテロ攻撃はむしろ激化している。

 パレスチナでは、イスラム原理主義組織ハマスがガザを支配している。イランは政治的影響力を強め、急ピッチで核抑止力の獲得に近づきつつある。アメリカと同盟国は強い圧力をかけたが、この動きを止められなかった。さらにアメリカのイメージは中東全域で史上最低に落ち込んでいる。

 すべては中東の体制変革をねらったブッシュ政権の政策ミスが招いた結果だ。中東の民主化を夢見たジョージ・W・ブッシュ大統領は、軍事力でイラクの反米政権を倒し、民主的な親米政権に代えようとした(イランとシリアの政権転覆も考えていた可能性がある)。

 周知のとおり、このもくろみは成功しなかった。次期大統領は、この重要な地域に対する戦略を大胆に見直す必要がある。

 幸い、過去に成功を収め、現在も役立ちそうな戦略がある。それが「オフショア・バランシング(域外からの均衡維持)」だ。

 冷戦時代のアメリカは、この戦略によってイランとイラクを封じ込め、石油の豊富なペルシャ湾岸に手を伸ばそうとしたソ連を抑えることができた。ブッシュの壮大な計画ほど野心的ではないが、アメリカの国益を守るという点でははるかに有効なアプローチだ。

 具体的な中身を説明すると、「オフショア」とは米軍(とくに地上・航空戦力)を中東の域外に配置することを指す。「バランシング」は、イラン、イラク、サウジアラビアなどの地域大国を互いに牽制させることを意味する。

軍事介入は最後の手段

 米政府は外交を主要な手段とし、必要に応じて紛争当事国の弱いほうを支援する。航空戦力と海軍力は、中東に関与し続ける意思を示す手段として使う。イラクのクウェート侵攻のような予想外の脅威に素早く対応できるような態勢は保持する。

 ただし、地上軍は原則として中東に駐留しない。例外は、地域のパワーバランスが大きく崩れ、一つの国が覇権を握るおそれが出てきたときだけだ。それ以外の場合、米兵は海上や中東域外の基地、あるいはアメリカ国内にとどまる。

 ブッシュの高尚な理想に比べると、シニカルな戦略にみえるかもしれない。確かに民主化や人権状況の改善には、ほとんど役立たない。だがブッシュは結局、民主化の約束を果たせなかった。それに政治制度をどうするかは、最終的にはアメリカではなく、それぞれの国の問題だ。  

 アメリカの国益を現実的にとらえ、できることとできないことを冷静に見極める姿勢に基づく戦略は、決してシニカルではない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

原油先物が小幅安、市場は対ロ制裁や関税を引き続き注

ワールド

米、メキシコ産トマトの大半に約17%関税 合意離脱

ワールド

米、輸入ドローン・ポリシリコン巡る安保調査開始=商

ワールド

事故調査まだ終わらずとエアインディアCEO、報告書
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 7
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 10
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中