最新記事

中東

中東民主化の夢を捨て冷戦期に戻ろう

2009年6月4日(木)18時38分
ジョン・ミアシャイマー(国際政治学者・シカゴ大学教授)

 オフショア・バランシングは、冷戦期の大半を通じて中東で成功を収めた。当時の米政府は、地域内の親米勢力を支援することでパワーバランスの維持を図った。ソ連やイラク、イランがバランスを崩そうとする事態にそなえて緊急展開部隊(RDF)を編成し、抑止や直接介入の能力を強化した。

 80年代には、イランの革命輸出を防ぐためにイラクを援助した。90年にイラクがクウェートを占領すると、今度は多国籍軍を結成してサダム・フセイン大統領の軍隊をたたきつぶした。

従来の戦略より安上がり

 現在のアメリカからみて、この戦略の重要な利点は三つある。第一に、イラク戦争のように多大な人的損害とコストを伴う軍事行動に再びかかわる可能性が大きく低下する。アメリカは自国の軍で中東を支配する必要はない。他の国が支配しないようにするだけだ。

 軍事力を行使して中東の政治地図を塗り替えるのではなく、地域内の同盟国に危険な隣人を抑えさせる。アメリカは力を温存し、介入は最後の手段として使う。軍事介入した場合も、素早く作戦を終わらせて軍を域外に戻す。

 このアプローチは比較的費用がかからないことも、現在の状況では魅力的だ。米政府は金融機関の救済に多額の公的資金を投入したが、景気回復の兆しはまだまだ見えない。今のアメリカには、中東や他の地域で延々と戦争を続ける財政的余裕はないのが実情だ。

 アメリカはすでに6000億ドルをイラク戦争に費やしている。戦闘が終結するまでには1兆ドルを超えそうだ。イランと戦争になれば、財政的負担はさらに増える。

 オフショア・バランシングも無料ではない。アメリカはかなりの規模の遠征軍に即応態勢を維持させる必要がある。それでも従来の戦略よりはずっと安上がりだ。

 第二に、オフショア・バランシングはアメリカに対するテロの危険を減少させる。20世紀の歴史を振り返ると、外国の占領軍は地元住民のナショナリズムや民族意識を刺激し、激しい敵意を生み出してきたことがわかる。

 その敵意はテロやもっと大規模な反乱となって表れる。82年にイスラエルがレバノンに侵攻した後、レーガン政権が米軍をベイルートに駐留させると、翌年4月にはアメリカ大使館が、10月には米海兵隊宿舎が自爆テロの標的になり、300人以上が命を落とした。

 重要なのは、本当に必要になるまで米軍を地元民の目に触れないようにすることだ。そうすれば、彼らの怒りを最小限に抑えられる。

 第三に、イランとシリアのアメリカに対する恐れが薄らぐ。両国が大量破壊兵器を欲しがる背景には、アメリカに攻撃されるのではないかという不安がある。

 アメリカがイランの核開発を止めたければ、彼らの不安を認識し、過剰な脅しを控える必要がある。その第一歩として、米軍を近隣諸国から撤退させるのも悪くない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀、今後の追加利下げの可能性高い=グリーン委員

ビジネス

サムスン電子、第3四半期は32%営業増益へ 予想上

ビジネス

MSとソフトバンク、英ウェイブへ20億ドル出資で交

ビジネス

米成長率予想1.8%に上振れ、物価高止まりで雇用の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中