最新記事

医療保険改革

オバマと製薬業界のための医療改革

米上院財政委員会で可決された医療保険改革法案は、オバマ政権と医薬業界の取引の産物。「改革」の唯一の敗者はアメリカ国民だ

2009年10月14日(水)18時34分
ハワード・ファインマン(ワシントン支局)

国民不在 10月13日、法案可決を祝うマックス・ボーカス米上院財政委員長(民主党、左)と共和党から賛成に回ったオリンピア・スノー上院議員 Jason Reed-Reuters

 10月13日、米上院財政委員会で医療保険改革法案が可決され、バラク・オバマ大統領の悲願である医療保険改革が実現する見込みが高まってきた。

 ただし、問題はある。これが本当に「改革」なのかという点だ。この法案は本当にアメリカ国民の医療の質を向上させるのか。それとも、無駄遣いの多い医療業界を税金で潤すだけなのか。

 私の考えはナイーブすぎるのかもしれないし、ひねくれているのかもしれない。だが、オバマの言う「チェンジ」を実現するために、なぜビル・トーザンと事前に取引きする必要があるのか、私にはどうしても理解できない。

 トーザンに対して悪意はない。66歳のトーザンは、ルイジアナ州選出の共和党の元下院議員。知性をひけらかさない要領のよさがあり、温厚な風貌で容赦なく相手を打ちのめす。権力と金を絶妙にシェイクする凄腕のバーテンダーのような男だ。

 議員時代には、メディケア(高齢者医療保険制度)の改革法案(処方薬の費用への保険適用を認めるもので、製薬業界に多大な利益をもたらす)の成立に尽力。その直後の2005年からは、製薬各社が加盟する米国研究製薬工業協会の会長に転身し、年収は250万ドルといわれている。
 
 オバマは、自身が「保安官」としてワシントンの支配階級と手なずけると主張してきた。だが医療保険に関してオバマ陣営が最初にしたことは、トーザンとの取引だった。

改革再度の「突然死」が何より怖い

   今年6月、オバマ政権と製薬業界の間でこんな合意があった。現行のメディケアでは低額の処方薬負担と一定以上の高額負担は保険でカバーされる一方、その間については全額自己負担という「ドーナツ現象」がある。そこで大手製薬会社は、このドーナツの穴を埋めるために10年間で800億ドルを提供する。また、医療保険改革を推進するキャンペーンに1億5000万ドルを投じる。

 一方、ホワイトハウスは見返りとして、製薬会社にさらなる負担を強いたい議会を抑え込み、2つの改革案を阻止する。一つは安価な薬剤の輸入を認めること。もう一つは、薬価を抑えるために製薬会社と直接交渉する権利をメディケアに認めること。どちらも、まっとうな改革案だ。

 オバマ政権は病院や医師団体といった利害関係者とも同様の取引をしており、次は保険業界との合意を模索している。

 オバマのやり方に驚いているわけではない。彼が真のアウトサイダーだったことは一度もない。反抗的な人間でもなく、人間関係やコネに縛られるタイプだ。ハーバード・ロー・レビュー誌の編集長に選ばれた際にも、保守派の編集委員に対して彼らの記事を掲載すると約束するなど、内輪の論理を優先させる傾向があった。
 
 オバマ陣営が利害関係者との調整になびく気持ちは理解できる。彼らは、クリントン政権が1994年に医療保険改革に挑んで失敗したときのような「突然死」を死ぬほど恐れている。

 その意味では、オバマは成功を収めているといえる。もちろん、クリスマスあたりに大統領が法案に署名するまでには、まだいくつもの採決を経なければならないが。

 オバマ陣営の狙いは、利害関係者を交渉のテーブルに着かせることで、土壇場で改革に反対される事態を防ぐこと。実際、製薬会社と病院と医師団体が顔をそろえたことで、保険会社にも議論に加わるよう圧力が高まっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23

ワールド

日本と関税巡り「率直かつ建設的」に協議=米財務省

ワールド

再送トランプ氏、中国の関税合意違反を非難 厳しい措

ビジネス

FRB金利据え置き継続の公算、PCEが消費の慎重姿
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中