ミシェルという存在の重さ
「自分らしさ」を探して
ミシェル自身、広範な層にアピールする必要があることは理解している。予備選期間中に「出しゃばり」「はしゃぎすぎ」といった声が出てきたときは、見事に自制心を発揮した。朝起きたばかりのオバマの口臭の話など、たわいのない冗談も慎むようになった。
変化の予兆が見えたことで「初めて自分の国を誇りに思った」という発言も、ミシェルにしては珍しいミスだった。彼女はすぐに「物議をかもす妻」の役を返上し、テレビのトーク番組で夫をしっかり持ち上げた。
しかし聴衆が黒人ばかりのときは、オバマが大統領になることのもつ意味をもう少し率直に口にした。そんなときは幼かった自分のことを「シカゴのサウスサイド(貧困地区)に生まれた黒人の女の子」と表現した。
昨年7月にニューヨーカー誌が、こぶしをぶつけ合うあいさつをするオバマ夫妻のイラストを表紙に載せた。オバマはイスラム教徒の服を着て、ミシェルはゲリラ兵の格好をしている。勇ましく見えるのはミシェルのほう。まさに「怒れる黒人女」だった。
これ以降、ミシェルはJ・クルーのカーディガンに、真珠のネックレスといった地味なファッションを選ぶようになった。ファーストレディーになってからも、このソフト路線でいくのだろうか。
昨年アトランタで会ったとき、私はミシェルの温かさと開けっ広げな態度に驚いた。本当に何でも話してくれた。お気に入りのデザイナー、娘たちの服の趣味、ホワイトハウスに住むことになったら飼うと娘たちに約束した犬のこと。選挙戦が泥仕合になってからは言動に慎重になったようだが、このときはまったく自然体だった。
個人的な意見を言わせてもらえば、個性豊かなミシェルには、もっと素の自分を出してほしいと思う。その期待に応えてくれそうな兆しはある。たとえば、オバマが当選を決めた夜に着たナルシソ・ロドリゲスの派手なドレス。慎重な選択とはいえなかったが、ミシェルが「自分らしさ」を模索していることはわかった。
当選後にCBSテレビの『60ミニッツ』のインタビューを夫妻で受けたときにも、そんな思いが感じられた。品良く振る舞い、リラックスしたミシェルは、皿洗いが趣味だとオバマが言うと「へえ、いつから?」と突っ込みを入れた。
ミシェルがオバマを信頼していることは、このときもよく伝わってきた。アフリカ系女性の50%近くが独身で、ロールモデル(お手本)になるような黒人夫婦は悲しいほど少ない。その貴重なロールモデルとして、オバマ夫妻は黒人家庭にどんな影響を与えるのか。
「2人が互いを尊敬し、力を合わせたらどんなことができるのかを、息子に見てほしい」と、12歳の息子をもつシングルマザーのジャニズ・シンクレア(34)は言った。「私と夫はあの子が2歳のときに離婚したから、息子はうまくいっているカップルを知らない。オバマ夫妻を見ていると、私たちも愛と幸せをつかめると思えてくる」
ミシェルが2人の娘マリアとサーシャの子育てを最優先すると決めたのは、有権者を意識しての選択ではない。だが、この決断でさらに広い層に好感をもたれるようになったのは確かだ。
しかしミシェルの「子育て最優先宣言」は、白人の専業主婦とワーキングマザーとの間にあった議論を蒸し返すことになった。「子供を最優先しているのは働く母親も同じではないか」「ミシェルのように仕事で成功した母親が子育てだけで満足できるのか」といった具合だ。
それでもアフリカ系女性は、ミシェルが子育て優先を選択できる立場にいることを素晴らしいと感じている。06年の国勢調査によれば、平均的な黒人世帯は夫婦共働きでなくては生活できず、貧困世帯は30%を上回っている。
シングルマザーは仕事を二つかけもちしないとやっていけず、子供のために使う時間はほとんどない。ミシェルも働く母親として、多忙な生活を曲芸のように切り抜けてきた。法学の学位を取り、夫の選挙運動に参加する前は公的機関や病院で働いた。