最新記事

科学後退国ニッポン

日本で研究不正がはびこり、ノーベル賞級研究が不可能である理由

JAPAN’S GREAT SETBACK

2020年10月28日(水)16時30分
岩本宣明(ノンフィクションライター)

日本は過去の業績でノーベル賞受賞者を量産するが、未来の見通しは暗い(昨年12月のノーベル賞授賞式) PASCAL LE SEGRETAIN/GETTY IMAGES

<論文撤回数ランキング上位10人の半数が日本人──。科学への投資を怠ったツケで不正が蔓延し、研究現場が疲弊している。日本の学術界の闇を指摘する衝撃のレポート。解決に必要な2つの方策とは>

(2020年10月20日号「科学後退国ニッポン」特集より)

今年もノーベル賞シーズンが到来した。日本人の受賞が決まるとお祭り騒ぎとなるが、受賞者は満面の笑みの一方で日本の研究環境の貧困と疲弊を嘆き、将来日本人受賞者がいなくなると警鐘を鳴らす。それが、ここ数年繰り返されてきたお決まりの光景である。
20201020issue_cover200.jpg
2000年以降、日本人ノーベル賞受賞者の数は急増している。外国籍を含めた日本出身受賞者は28人で世界第7位、今世紀の自然科学部門に限ると受賞者は18人で、アメリカ、イギリスに次ぐ堂々たるノーベル賞受賞大国だ。

しかし、近年の日本人ノーベル賞受賞者の多くが危惧するとおり、将来、日本から受賞者が減る可能性は極めて高い。2000年以降の受賞ラッシュは過去の遺産だからだ。

ノーベル賞シーズンのお祭り騒ぎの陰で、日本の学術界には一般には見過ごされがちな闇がある。論文不正の問題だ。2018年8月のサイエンス誌と2019年6月のネイチャー誌は、日本人研究者の悪質な論文不正問題を取り上げている。

サイエンスの記事は、骨折予防に関する論文を多数発表していた故佐藤能啓・元弘前大学医学部教授の不正を詳細に報告した上で、撤回論文の動向を監視するウェブサイト「Retraction Watch(撤回監視)」の論文撤回数ランキング(当時)の上位10人の半数を日本人研究者が占めていることを指摘し、日本の研究現場の体質を批判した。一方、ネイチャーは、同じく佐藤元教授の不正を報告するとともに、論文の不正を監視する制度的調査が極めて不十分であることを指摘している。日本でも、病理専門医でもあり科学・技術政策ウオッチャーを自任する榎木英介氏がウェブ上などで繰り返しこの問題を取り上げている。

撤回論文上位を日本人が寡占

現在の「撤回監視」のランキングでも、日本人研究者は1、3、4、6位を占める。1位は183本もの論文を撤回したとされる麻酔科医の藤井善隆・元東邦大学准教授で、3位は96本の佐藤元教授だ。その数の多さからも双方とも非常に特殊なケースと考えられる。藤井元准教授は不正発覚後、大学から諭旨退職処分を受け、麻酔科学会からは「永久追放」されている。一方、佐藤元教授は大学退職後、自死した。また、4位は佐藤元教授の共同研究者で、6位の研究者は藤井元准教授と互いの論文の共著者となる「闇協定」を結んでいたとされる。4人の論文撤回数が多いのは極めて個人的な資質の問題である可能性が高く、それを日本の学術界全体の体質の問題と決め付けるのは早計であろう。

だが、残念なことに体質に問題がないとは言えないようだ。米ワシントン大学のフェリック・ファング教授らの研究がそれを示唆している。医学・生物学文献データベース「PubMed」を包括的に検索し、1940年以降に収蔵された2500万超の論文から2047本の撤回論文を特定した同教授の12年の分析により、撤回論文の4分の3をアメリカ、ドイツ、日本、中国が占めることが明らかになった。日本だけの問題ではないが、日本の体質に問題がないとは到底言えない。

1020 P18_23_72.jpg

本誌2020年10月20日号20・21ページより

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、北朝鮮の金総書記に新年のメッセージ

ワールド

焦点:ロシア防衛企業の苦悩、経営者が赤の広場で焼身

ワールド

北朝鮮の金総書記、24日に長距離ミサイルの試射を監

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中