最新記事
生態系

世界で注目集める「数十年で完成する小さな森」、考案したのは日本の植物学者だった

2023年12月14日(木)17時40分
岩井光子(ライター)
小さな森 アースウォッチ・ヨーロッパ

驚きの「小さな森」成長スピード。英環境団体アースウォッチ・ヨーロッパのYouTube動画「Tiny Forest - see how quickly they grow!」より

<広さはテニスコート1面分ほど。通常なら数百年かかる「極相」の形成を驚異的に速められる植樹方法――「宮脇方式」が世界各地に広がっている>

英ロンドン南東部の緑豊かなケイター公園で今年6月、131本の木が違法伐採される事件が起きた。取り返しのつかない行為に住民は憤慨し、悲しんでいたが、その思いをバネに官民連携のユニークな復旧策が立ち上がった。

それが伐採現場近くのテニスコート1面分ほどの土地に約600本の木を植え、「小さな森」(tiny forest)を作るプロジェクトだ。

環境団体のアースウォッチ・ヨーロッパ、公園の友の会、ブロムリー・ロンドン特別区(公園がある行政区)、地元議員などが中心となり、クラウドファンディングを実施。2023年11月14日までの42日間で243人から3万1927ポンド(約600万円)を集め、目標額を達成した。植樹は2024年2月24日に行われる予定だ。

植樹を主導するのは、アースウォッチ・ヨーロッパ。2020年に英オックスフォードシャーに初めて小さな森を作ってから、数年で200近くの「森」作りを市民や自治体などと協働してきた。2030年までに森を500に増やす目標を立てている。

その森とは、整然と画一的な樹種が並ぶ森ではなく、小さいながらも20種ほどの高木、低木・灌木が入り乱れる野生味あふれる森である。3年ほどで500種を超える動植物を呼び込めるという。最終形態となる極相林の形成には数百年かかるのが通説だが、同団体が採用している植樹法なら、そのスピードを10倍近く縮められるそうだ。

小さな森 イギリス

小さな森は管理も容易。幼苗が日陰を作るまでの数年雑草を抜けば、その後は人間の管理はほぼ不要になり、自然淘汰で力強い森が形成されていくという。ごみ埋立場や駐車場跡地、高速道路の路肩に作られた森もあるそうだ(英ブリストルの小さな森、2021年2月撮影) Credit Lewis Pidoux, UK WildCrafts

遷移を短縮する方法とは

生物の教科書に載っていた「クレメンツの遷移説」を覚えているだろうか。裸地から草原や低木林、落葉樹林などを経て安定した「極相」(クライマックス)の常緑樹林が形成されるまでには数百年かかると教わった。

実はこの通説を覆す方法を1970年代に発案したのは、日本の植物生態学者、故・宮脇昭氏だ。宮脇氏はクレメンツの説で膨大な時間を要するのは土壌形成であることに着目し、遷移を早める方法、通称「宮脇方式」を編み出した。

その方法とは、有機質豊富で通気性の良い表層土を用意し、土地本来の植生に合う樹種の苗を近距離に混植・密植させていくというものだ。森の機能をある程度整えた環境で木々の「競争」を促すことで、森は一気に極相に達するのだという。

宮脇氏は人間活動の影響が停止した際、その土地がどんな植物に適した自然環境を有しているかを見極めるドイツ発祥の「潜在自然植生」という理論を研究していた。

日本の津々浦々の植生を調べ上げ、寺社に残る照葉樹林が土地本来の植生を体現した森であることを確信する一方、国土の大部分がそうでないスギやマツ、ヒノキなどの画一的な人工林に覆われていることを危惧していた。

「潜在自然植生」理論に沿った森は、根が直根で深く、大地震や津波の災禍を生き抜くたくましさがある。自然災害の多い日本では土地本来の植生に沿った森をもっと増やすべきだと主張し、企業や国などと協働しながら、2021年に93歳で亡くなるまで4000万本以上の植樹に携わった。

建築
顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を持つ「異色」の建築設計事務所
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、停戦違反を非難 イラン以上にイスラエル

ワールド

ガザの食料「兵器化」、戦争犯罪に該当 国連が主張

ワールド

ドイツ、25年度予算案を閣議了承 投資と利払い急増

ビジネス

独IFO業況指数、6月は予想以上に上昇 景気底入れ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 6
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 7
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 8
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 9
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 10
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中