最新記事

ダイエット

運動するほど基礎代謝が落ちる!? 最新研究でわかった「本当にやせられるダイエット」とは......

2023年4月21日(金)17時10分
生田 哲(科学ジャーナリスト) *PRESIDENT Onlineからの転載

運動が長期にわたれば消費エネルギーが減少する

彼らがジャガイモや獲物を探してどれだけ野原を駆けめぐろうと、毎日の消費エネルギーの総量は一定に保たれる。この考えを「総エネルギー消費量抑制」理論と呼んでいる。運動(身体活動)と総エネルギー消費量の長期にわたる関係は、現段階では明らかになっていない。これまでは加算的モデルが受け入れられ、運動が増えれば、総エネルギー消費量も増えると考えられてきた。

だが、今回、提案された制限的モデルでは、運動が長期にわたって増えれば、他の生理的活動に消費するエネルギーを減少させることで、総エネルギー消費量を一定に保つのである。

図表1 身体活動と総エネルギー消費量の関係を説明するふたつのモデル
身体活動と総エネルギー消費量の関係を説明するふたつのモデル(出所=『「健康神話」を科学的に検証する』p.323)


「総エネルギー消費量抑制」を踏まえて「The Biggest Loser」の結果を見ていくと、競技者の代謝は狩猟採集者のそれとよく似ていることがわかる。カギは基礎代謝である。「The Biggest Loser」の収録初期のころから彼らの基礎代謝は落ち込んだ。彼らの摂取カロリーが大幅に削減されたとき、飢餓を避けるために、体は消費エネルギーを減らしたのである。数年後、かつての食事に戻っても、基礎代謝は依然として低いままである。これは、私たちの直感と真逆の結論である。

それにもかかわらず、私たちの多くはいまだに運動を続けている。「The Biggest Loser」のデータを新たに分析したホール博士は、こういう。「頻繁に運動すると基礎代謝が低下し、そのままの状態が続きます。すると1日の総エネルギー消費量は抑制されます。それから「The Biggest Loser」のデータは、「総エネルギー消費量の抑制」理論を説明するための好例になっているのです」

極端にカロリーを落とすと激しい運動は逆効果に

ここまで「The Biggest Loser」の物語を紹介してきた。この物語から体重をコントロールしようと試みる私たちは、何を学ぶのか。最も重要な発見は、体重を急激に(つまり短期間に大幅に)減少させる戦略は、成功するどころか、かえって裏目に出るということ。なぜならば、ハヅァ族の人々の背丈を伸ばさないことによって消費エネルギーを抑える例からわかるように、この戦略は基礎代謝を私たちの予想以上に低下させるからである。

しかし、体重を徐々に低下させると、基礎代謝の低下はより小さくなる。ふたつめの発見は、「厳格なカロリー制限+激しい運動」によって体重を急激に落とすと、激しい運動は基礎代謝を低下させ、落ちた体重をもとに戻す手助けをすることである。カロリーを極端に落とした場合、激しい運動は逆効果になる。

しかし、運動にはプラスの面もある。ホール博士は、長期にわたるランニングによって体重コントロールを試みる人は、基礎代謝は低下するが、脂肪の蓄積を防ぐ効果がある、と述べている。「The Biggest Loser」の競技者のうち、最もたくさん運動した人は、基礎代謝が最も低下したにもかかわらず、体重の回復の程度は最も低かった。運動によって活動代謝が増えたからである。

それでも運動は必要?

『「健康神話」を科学的に検証する』体重を一定に保つために、私たちはどのように運動すべきか?

NIHで重要な役職にあり、肥満にはとくに詳しいホール博士でさえ、この問いに対し「まだわからない」と答えている。運動は短期間では基礎代謝を高めるが、長期になると基礎代謝を低下させる。それなら、私たちは運動をする必要はないのか? Yes.必要だ。

私たち人間にとって運動は欠かせない。その根拠は、私たち人間は動物であって植物ではないというアイデンティティにある。運動の効果を具体的に挙げると、ストレスや不安を解消し、過食を防ぐなど、私たちの食欲に影響を及ぼすばかりか、ブドウ糖の筋肉への取り込みを促進し、炎症を抑え、血糖値を安定化させる、脂肪を燃やし、糖尿病を防ぐ。これらの効果により、心筋梗塞や狭心症、脳梗塞や脳出血などの血管系の病気を防ぐ効果がある。

他にも、夜、熟睡できる、気分がよくなる、自尊心が高まるなど、多くの利点がある。「The Biggest Loser」の競技者は、落とした体重をほぼ取り戻したとはいえ、完全に元に戻ったわけではない。6年後、彼らの体重は番組に参加する前にくらべ、12%低下していた。これは有意な差である。そして最も成功した人は、今も運動している人たちなのである。

生田 哲(いくた・さとし)

科学ジャーナリスト
1955年、北海道に生まれる。薬学博士。がん、糖尿病、遺伝子研究で有名なシティ・オブ・ホープ研究所、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)などの博士研究員、1986年から91年までイリノイ工科大学助教授を務める。遺伝子の構造やドラッグデザインをテーマに研究生活を送る。現在は日本で、生化学、医学、薬学、教育を中心とする執筆活動や講演活動、脳と栄養に関する研究とコンサルティング活動を行う。著書に、『遺伝子のスイッチ』(東洋経済新報社)、『心と体を健康にする腸内細菌と脳の真実』(育鵬社)、『ビタミンCの大量摂取がカゼを防ぎ、がんに効く』(講談社)、『よみがえる脳』(SBクリエイティブ)、『子どもの脳は食べ物で変わる』(PHP研究所)、『「健康神話」を科学的に検証する』(草思社)など多数。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は3日続伸、約1カ月ぶり高水準 米CPI後

ワールド

中ロ首脳が北京で会談、包括的戦略パートナーシップ深

ワールド

中ロ間決済「90%が元とルーブル」、プーチン氏が習

ビジネス

午後3時のドルは下落154円前半、ポジション調整主
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中