最新記事
教育

もう「大卒資格」に価値はない? 生成AIによる「知識の価値」大暴落、大学が「生き延びる道」とは?

KNOWLEDGE GETS CHEAP

2025年7月15日(火)14時15分
パトリック・ドッド(オークランド大学経営学部フェロー)
ドイツ・ライプチヒ大学の学生たちがVRゴーグルを体験している様子

ドイツのライプチヒ大学でVRゴーグルを試用する学生たち。AIとの共生は必須だ DPAーPICTURE ALLIANCEーREUTERS

<アメリカでは教員の「大卒」資格も不要に。情報の供給過多で知識の値段が急降下するなか、AIには習得できない「7つの能力」が大学の未来のカギを握る>

知識は希少であり、安くは手に入らない。この大前提が大学(の経営)を支えてきた。学生は高い授業料を払い、講義を聴き、試験にパスしてこそ望む学位を買い取れる。

つまり大学は①よそでは得られぬ知識(へのアクセス)を学生に与える一方、②そのために学生が多額の投資をした事実を(卒業証書の形で)雇用主に証明してきた。


このモデルが長年にわたって通用してきたのはなぜか。しかるべき知識には希少価値があり、従って値段(学生にとっては授業料、雇用主にとっては学歴に応じた上乗せ賃金)が高いのは当然だったからだ。

しかし、その前提は崩れた。知識の希少性は薄れ、その供給が飛躍的に増えて価格は下がり、大学の授業料や大卒者の給与水準には強い引き下げ圧力がかかっている。

コンサルティング会社のマッキンゼーは、生成AIの導入による生産性向上効果は世界全体で年間2.6兆〜4.4兆ドルと見込んでいる。

農産物であれ知的財産であれ、供給が増えれば価格が下がるのは経済学の常識。結果、大学が「知識」を高く売るのは困難になった。

時代の変化への対応は、大学よりも市場のほうが速い。チャットGPTが登場して以来、イギリスでは新卒者向けの求人が3割ほど減った。アメリカでは複数の州が、職員の採用に当たって「大卒」という資格要件を外している。賃金水準の見直しも進む。定型業務の多くは今やAIで代替できるからだ。

一方で、AIが人間の能力の補完にとどまるような分野もある。成文化できる形式知(税制や契約書のひな型など)は容易にAIで代替できるが、暗黙知(言葉で表現できず経験や判断が必要とされるスキル)ではAIも補完的な役割にとどまる。

未来はAIとの共存にあり

ノーベル経済学賞に輝いた認知心理学者のハーバート・サイモンに「情報の豊かさが注意力の貧困を生む」という名言がある。膨大な情報が手軽に入手できるようになると、人間の限られた認知力では選別・判断し切れず、結果的に注意力・集中力が低下するということだ。

その状況で求められるのは高度な注意力や的確な判断力、強い倫理性、創造性、協調性など、AIマシンがまだ習得できていない能力だろう。それぞれの英語の頭文字を取って並べると「CREATER」になる。すなわち、

C=クリティカルな思考(的確な問いを立て議論の弱点を見抜く力)
R=レジリエンスと順応性(状況が一変しても冷静に対応する力)
E=エモーショナルな知(他者を理解し、共感し、率いる力)
A=アカウンタビリティーと倫理性(困難な局面でも責任を取る力)
T=チームワークと協働(意見の異なる人と協力し合う力)
E=アントレプレナー(起業家)的創造性(問題に気付き新たな解決策を生み出す力)
R=リフレクションと生涯学習(好奇心を持ち、成長し続ける力)

──である。こうした能力こそ、今の時代にも希少価値を持つ。

そうであれば答えは明白。これからの大学は知識の伝達よりも判断力の育成に注力すべきだ。言い換えればAIを賢く使い、AIと共に思考するスキルの伝授である。

The Conversation

Patrick Dodd, Professional Teaching Fellow, Business School, University of Auckland, Waipapa Taumata Rau

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 総力特集:ベネズエラ攻撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年1月20号(1月14日発売)は「総力特集:ベネズエラ攻撃」特集。深夜の精密攻撃で反撃を無力化しマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ大統領の本当の狙いは?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



事件
ニューズウィーク日本版メンバーシップ登録
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:自動運転車の開発競争、老舗メーカーとエヌ

ワールド

米、ガザ統治「平和評議会」のメンバー発表 ルビオ氏

ビジネス

米国株式市場=横ばい、週間では3指数とも下落 金融

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、ハセット氏のFRB議長起用
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手がベネズエラ投資に慎重な理由
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 7
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 8
    イランの大規模デモ弾圧を可能にした中国の監視技術─…
  • 9
    日中関係悪化は日本の経済、企業にどれほどの影響を…
  • 10
    122兆円の予算案の行方...なぜ高市首相は「積極財政…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 8
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 10
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中