最新記事

日本社会

高度成長期を支えたマンモス団地「松原団地」60年の歩み 建て替え進み多世代共生の新しい街へ

2022年8月28日(日)11時00分
鳴海 侑(まち探訪家) *東洋経済オンラインからの転載

日光街道の松並木

「草加松原団地」の由来となった日光街道の松並木。昭和後期に現在のような遊歩道が整備された(筆者撮影)

家賃もかなり高額だった

このように一体的な住環境づくりができることが大規模住宅団地の強みであり、さらに各住戸も鉄筋コンクリート造の住棟にダイニングキッチン、水洗トイレをはじめ最新の設備が入っていた。当然ここまでのことをすれば総工費も高額で、小学校などの公共施設を除いた日本住宅公団が建設した部分の工事費だけで83億円(土地買収費含む)かかっている。

そのため家賃も高額で、当時の大卒国家公務員の月収が1万5700円という中、一番コンパクトな間取りの1DK(33平方メートル)でも月5650円、共益費600円だった。それでも初回の入居募集780戸に対して1万725件の応募があった。倍率にすると13.75倍というのだから驚きだ。当時いかに「団地」が憧れの住宅であったかがうかがえる。

入居した世帯はどんな人たちだったかは、1965年に発行されたパンフレットに掲載されている世帯主のデータからうかがうことができる。全戸のうち1人世帯はなく、36.9%が2人世帯、34.1%が3人世帯と実に7割が核家族であった。職業や通勤地にも大きな偏りがあり、職業は85%が会社員、通勤地は96.7%が東京23区内、なかでも丸の内・銀座・品川で57.1%を占めていた。世帯主のほとんどは「埼玉都民」の会社員だったのである。

草加市が大規模住宅団地の計画に協力した大きな理由にホワイトカラー層の流入による市税増収があった。まさに期待どおりの人々が5000世帯以上も移り住んできたのである。

一見華々しいスタートを切ったように見える松原団地であったが、大規模開発には当然のことながら課題もつきものだった。ほかの大規模な日本住宅公団建設の団地で起こっていた問題と似たようなものとしては、鉄筋コンクリートの乾燥が甘かったために害虫が発生したほか、上水道整備が間に合わずに早朝と昼の1~2時間と夜しか給水されないという日々もあった。

ほかにも、松原団地特有の大きな問題が2つあった。1つはD地区西側に1967年に開通した国道4号線草加バイパスの騒音、もう1つが梅雨から秋の時期にかけて発生した冠水・浸水といった排水の問題だ。特に排水の問題は20年以上住民を悩ませた。

はじめての冠水被害は1966年に発生したといわれる。主な要因は農業用水として綾瀬川から分派して開削された伝右川の排水機能低下にあった。大雨が降ると綾瀬川に伝右川の水が排水できなくなり、逆流する。それが松原団地に流れ込むのだ。

毎年梅雨から秋にかけて少しでも大雨が降ると松原団地は冠水に悩まされた。特に伝右川に近いC地区やD地区での浸水は夕立で20ミリ程度雨がふるとすぐにひざまで水につかるほどだった。

伝右川

長らく松原団地の住民を冠水で悩ませた伝右川(筆者撮影)

冠水被害は年々悪化

冠水・浸水被害は1980年代まで年々悪化していった。その主な理由は周辺の都市化だ。

松原団地造成後、草加市内の農地は着々と住宅や工場、道路に転換されていった。そのため、農地が果たしていた遊水機能は失われていく。その結果として農業用水として開削された伝右川に近い元低湿地帯の松原団地に流れ込む水が増え、冠水・浸水が激しくなったのだ。つまり、松原団地では都市型洪水が日常的に発生していたといっても過言ではないだろう。

事態を打開すべく、住民も動いたが、本格的に対策が始まったのは1979年10月に発生した台風10号で草加市内の広い範囲が浸水してからだった。綾瀬川水系の広い範囲で越水や洪水が起きたことが要因で、排水機能を向上させるべく、綾瀬川や伝右川をはじめとした綾瀬川水系で護岸工事や排水機場整備が行われた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イランの報復攻撃にさらされるイスラエル、観光客4万

ビジネス

レアアース磁石確保に苦慮とフォードCEO=ブルーム

ワールド

カンボジア、タイとの国境紛争で国際司法裁判所に解決

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕と報道 標的リスト
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中