最新記事

レストラン

スペイン「アサドール・エチェバリ」日本人シェフの美食哲学

2017年8月3日(木)17時40分
小暮聡子(本誌記者)

この土地で取れる食材と、昔から続けられてきた暮らしに敬意を払うこと。それを料理という手段で表現する──そんな哲学から生み出される前田の料理は、いわばバスクの村を散歩しているかのような味わいだ。

アミューズで出されるトマトとズッキーニの冷製スープは、まるで朝露のような爽やかさ。近所の酪農家から仕入れているというヤギのミルクで作ったバターはヤギの顔さえ浮かんできそうなほど風味豊かで、花や葉を乗せた絵画のようなクラッカーは野原の情景を想起させる。

magspain170803-6.jpg

前田が「大地を踏みしめる」という発想で考案したカナッペ KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

magspain170803-7.jpg

定番メニューの海老 KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

原点は父親の家庭料理

前田が「煙の遊び」と呼ぶスモークサーモンを筆頭に、カニやエビ、イカ、白身魚などのグリルが続き、取れたての卵やキノコの一品を挟んで、最後はガリシア牛の薪焼き。シンプルでいて味わい深い4時間近いコースには、バスク人の生活の風景が感じられる。

最近の前田には、師匠であるアルギンソニスの哲学が分かる。「薪焼き」の店として語られることが多いが、それはあくまでツールの1つだ。アルギンソニスにとってエチェバリの料理は「自分の家族がこの地で生きてきたということの表現だ」と前田は言う。地元の食材をガス火ではなく、自然の火で調理したおばあちゃんの料理のおいしさ。外で遊んでいたら煙の匂いがして、もう夕食だなと思うような生活。「そういう感覚を人に伝えたいのだろう」

前田がエチェバリの哲学を会得できたのは、日本の家族のおかげかもしれない。「うちは共働きで、おかんは掃除洗濯、飯を作るのは親父だった。家庭料理だけど、添加物は使わずいりこでだしを取るとか、毎日ちゃんとしたものを食べさせてくれた」と言う。「ご飯は出来るまでみんなが待っているもの、食卓は必ずみんなで囲むもの。そういう家で育った」

前田がそう思い出す家族の絵が、ふとバスク人の食卓の風景と重なる。「家族がいて、畑があって鶏がいて、ご飯をおいしいなと思える。僕が伝えたいのは、それなんです」

世界6位のレストランで開花した前田シェフの哲学。その種は、幼き日に父の手によって植えられていたのだろう。

magspain170803-8.jpg

アサドール・エチェバリの店内 KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

【参考記事】超有名レストラン「ノーマ」初の姉妹店はカジュアルに進化
【参考記事】いまワイン好きがソノマを訪れるべき理由
【参考記事】うなぎパイの春華堂がニューヨーク進出、うなぎパイ抜きで!

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年8月 8日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、米イラン交渉再開巡り期待感

ワールド

世界経済、中東の戦闘が短期終結なら回復可能=IMF

ワールド

イラン停戦交渉再開の可能性「非常に高い」=国連事務

ワールド

ホルムズ海峡、過去24時間で20隻超の船舶通過=報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍の海上封鎖に中国が抗議、中国タンカーとの衝突リスク高まる
  • 2
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 3
    高さ330メートルの絶景と恐怖 「世界一高い屋外エレベーター」とは
  • 4
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ…
  • 5
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 6
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 7
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 8
    トランプを批判する「アメリカ出身のローマ教皇」レ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 4
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 5
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 6
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 7
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 8
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 9
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 10
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中