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スペイン「アサドール・エチェバリ」日本人シェフの美食哲学

2017年8月3日(木)17時40分
小暮聡子(本誌記者)

酔っていたとはいえ、やると決めたら有言実行。パスポートを取得し渡航資金をかき集め、約4カ月後にはスペインへ渡った。初の海外生活で、スペイン語はおろか英語さえ話せなかったが、辞書を片手にメモを取り続け、3カ月の研修生活を終了。帰国後は金沢のイタリア料理店「コルサロ」で3カ月間、料理のいろはを短期間でたたき込んでもらうと、再びアラメダの厨房に戻った。

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前田哲郎シェフ。背後に見えるのは、特注で作った薪焼きの機械 KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

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「火の味」を生む薪焼き KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

山小屋暮らしで得た答え

エチェバリと出合ったのは約1年後。食事に訪れ、薪の火で調理する、プリミティブだが完結した料理にほれ込んだ。すぐにアルギンソニスに直談判して、雇ってもらえることになった。

しかし、行動力と一生懸命さで乗り切れたのはここまでだった。初日からサラダ担当になったものの、誰も何一つ教えてくれない。見よう見まねでサラダを作るが、毎日「ダメ」の繰り返し。唯一言われるのは「レタスが生きていない」ということだけ。「初めの頃は泣いてましたね。何で出来ないのかが分からなかったから」と、前田は苦笑いを浮かべる。怒られるだけの日々は1年ほど続いた。

突破口になったのは今から2年ほど前、町の寮を出てエチェバリがある人口100人程度の集落の山小屋に引っ越したこと。自宅で畑を耕し、鶏を飼う生活を始め、昔ながらのバスク人の暮らしに「無理やり」身を置いてみることでようやく「レタスが生きていない」という意味が分かったという。

店で出すレタスは収穫後2時間ほどしかたっていないとはいえ、畑で朝一番に見たときのほうがずっと生き生きしている。「野菜本来の生命力を毎日見ているので、店でもあれを出したいと思うようになった」と前田は語る。

今では毎朝近くにあるアルギンソニスの大きな畑でさまざまな種類の野菜やハーブを収穫し、午前10時に船で届く魚や手元の食材を見ながらその日のコースを考えていく。朝試作をしたものをその日に出すこともある。

「自然から、ケツをたたかれている感じ」だと、前田は言う。「自然の環境は日々変わるし、新しい発見が毎日ある。今日は牛の乳がパンパンになっているかもしれない。湿度に弱いグリーンピースは、雨が降って暑い日が来るとカビが生えてしまう」。自然に翻弄される生活は、まるで農家のようだ。「おまえ、早くしないと置いていかれるぞ、という感覚。自然から何かを与えられているというより、置いていかれないように追い付こうと必死の毎日だ」と語る。

店に来た当時の前田を振り返り、アルギンソニスは「最初の年はうちがどういうコンセプトで、何をやっているのかさえ分かっていなかった」と笑う。だが今は「彼には哲学がある。そして私は彼の哲学に敬意を払う」と、最高の褒め言葉を口にした。

【参考記事】洋食は「和食」なのか? NYに洋食屋をオープンした日本人の挑戦

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