世界中を驚かせた三島由紀夫の作品と特異な人生...彼は天才か、狂信者か、はたまた両方か

1970年11月25日、自衛隊員に決起を呼びかける三島 BETTMANN/GETTY IMAGES
<デビット・ボウイなど世界中の有名アーティストに大きな影響を与えた三島由紀夫。彼の作品と人生の背景にあったものとは>
「限りある命ならば永遠に生きたい」──三島由紀夫が最期の時に向けて自宅を出発する直前に、書斎の机の上に残した書き置きには、こんな言葉が記されていた。
存命であれば今年100歳を迎えていた三島は、日本文学界でも屈指の名声を得ている作家であり、歴史上有数の魅惑的な文章をつづる文筆家でもある。そして、日本の歴史上最も評価が分かれる人物の1人と言ってもいいだろう。極右的な政治思想と、クーデター失敗後の割腹自殺というショッキングな死が理由だ。
三島を文学界のスターの座に押し上げたのは、1949年の半自伝的長編小説『仮面の告白』だ。帝国主義的な熱狂と過激な右派思想が席巻していた第2次大戦前と戦中の日本、そして敗戦後間もない時期の日本を舞台に、同性愛者の男性の半生を描いた作品である。
三島は小説だけでなく、戯曲、詩、自伝、批評など、実に幅広いジャンルで活動した。さらには、映画、音楽、舞踏、ボディービルディング、武道にも取り組んだ。
三島の作品と特異な人生は、世界の多くのアーティストたちを触発してきた。映画監督のポール・シュレーダーやミュージシャンのリッチー・エドワーズ、そしてロックスターのデヴィッド・ボウイ。ボウイが1977年に三島の肖像画を描き、その絵をアパートのベッドルームに飾っていたことはあまりに有名だ。
三島は、第2次大戦後の日本社会の変化に対して不満を募らせ始めた。日本の伝統的な価値観を捨て去り、空疎な西洋化とグローバル化に向けて突き進んでいると思えたのだ。三島が思うに、そうした社会の変化を象徴するのが、敗戦前は神聖不可侵の存在だった天皇を、儀礼上の象徴的存在に格下げしたことだった。
三島は次第に伝統主義とナショナリズムに傾倒していった。世界の国々でナショナリズムが吹き荒れる2025年の今、自国の伝統が損なわれることを憂慮していた三島の主張は、問題はあるにせよ、驚くほど今日的なものと言えるだろう。
1970年11月25日、三島は、自身が結成した民間防衛組織「楯の会」のメンバー4人と共に、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を訪ねた。益田兼利(ましたかねとし)・東部方面総監と歓談したのち、三島らは益田を監禁して総監室に立てこもった。その上で、総監室のバルコニー下の中庭に駐屯地の自衛隊員約1000人を集合させた。
目的は、自衛隊員たちにクーデターを呼びかけること。それにより、戦後の民主的な憲法を改正し、天皇を再び神聖不可侵な存在と位置付けたいと考えたのだ。
不穏なほどの暴力的な欲求
陽光が降り注ぐバルコニーに歩み出た三島は、檄文をまき、演説を始めた。しかし、決起を呼びかける三島の声は、自衛隊員たちのヤジと嘲笑でかき消されてしまったという。
意気消沈した三島は室内に戻り、上半身裸になって、あらかじめ決めておいたとおりに人生最後の行動への準備を始めた。床に正座すると、脇腹に短剣を突き立て切腹した。
三島の背後には、「楯の会」のメンバーである25歳の森田必勝(もりたまさかつ)が控えていた。日本の伝統的な切腹の手順に従い、三島の頭部を切り落とす役割を与えられていたのだ。このおぞましい役割を果たすと、森田も同様に自決した。
この事件は世界に衝撃を与えた。好色なタブロイド紙は、三島と森田の関係について臆測を書き立てた。日本の指導者たちは直ちに三島の行動を厳しく批判し、日本の文学界は三島と距離を置いた。
一方、関心を持った人たちは、三島の死の意味を読み解こうとした。どうして三島はあのような行動を取ったのか。三島は何を成し遂げたいと思っていたのか。
三島は1925年に東京で生まれた。東京大学法学部を卒業したのち、旧大蔵省に入省するが、短期間で退職し、作家活動に専念した。
本格的に文学のキャリアに踏み出したのは、1944年。この年、短編小説集『花ざかりの森』を上梓した。その4年後には、初めての長編小説『盗賊』を発表した。
そして『仮面の告白』により、日本の人気作家の地位を確かなものにした。主人公は若い同性愛者の男性。この人物の性的・心理的欲求は、時として不穏なほどの暴力的な激しさを帯びる。小説の序盤で、主人公はこう打ち明けている。「私は自分が戦死したり殺されたりしている状態を空想することに喜びを持った」
敗戦の受け入れ難い現実
このような衝動は、主人公の子供時代と青年時代を通じて弱まることはなかった。生きることへの欲求を完全に失ったと述べたり、「まるで豊かな秋の収穫のように」「夥しい死、戦災死、殉職、戦病死、戦死、轢死、病死」に取り囲まれていることに慰めを見いだしていたりした。
それでも、主人公は戦争を生き延びる。しかし、そのことにより、自身の欲求を裏切ったように感じずにはいられなかった。
小説の内容と作者自身の人生を直接関連付けることには慎重であるべきだが、三島自身も主人公と同じように感じていたのだろう。それは、当時の多くの日本人が抱いていた感情でもあった。
戦時中のプロパガンダと天皇崇拝による陶酔感と高揚感を経験して生きてきた三島は、天皇がもはや神ではなくなったという現実を受け入れることに苦労していたのだ。
こうしたテーマは、生誕100年を記念して今年出版された英語版短編集『英霊の聲』の表題作にもはっきり描かれている。
三島の生涯と最期は、私たちに芸術と政治とアイデンティティーの関わりに目を向けるよう促す。この3つの要素の関係は、今日の世界でも極めて切実なテーマだ。
また、三島の死はいくつかの問いを生む──三島は、あのような最期を迎えていなくても、世界文学史における傑出した存在として評価されていたのだろうか。
私はこの問いの答えを「イエス」だと考えている。しかし、違う見方をする人もいるだろう。
少なくともはっきり言えるのは、三島由紀夫という作家が文学界の象徴にとどまる存在ではない、ということだ。三島の生涯は、創造性と狂信の間の、複雑で時に危険な関係に警鐘を鳴らすものでもある。
Alexander Howard, Senior Lecturer, Discipline of English and Writing, University of Sydney
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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