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中国「BL作家」取り締まりの「真の目的」とは?...背景の「もっと深い闇」を西側は見逃している

China’s arrests of boys’ love authors does not equate to a ‘gay erotica’ crackdown

2025年8月4日(月)18時41分
ミシェル・ホックス(ノートルダム大学 キオーグローバル問題学部 リウ東アジア研究所 所長)
ピンクで書かれたBOYSの文字

Svend Nielsen-Unsplash

<突然のボーイズラブ作家の検挙に批判の声が上がったが、中国政府側にも「切実な事情」があるようだ──>

西側メディアは「ボーイズラブ(BL)」への中国の「取り締まり」にいち早く注目した。

英米の報道では、「ゲイ・エロティカ」や「ほとんど報酬を得ていないアマチュア作家たち」に対する弾圧に「高まる世論の怒り」が取り上げられている。一方、中国国内のメディアもこの動向に注目しているが、全国的な大規模弾圧ではなく、むしろ局所的な現象として報じられている。

広州に拠点を置くメディア「南方週末」は、6月20日付の記事で、甘粛省蘭州市での逮捕事例について詳細に報じている。

同記事によれば、警察当局は「耽美(ダンメイ──ボーイズラブを意味する)」のネット小説を有償で公開したとして、若い女性数名をわいせつ物頒布の容疑で拘束したという。記事では、昨年に安徽省績渓県で発生した類似の逮捕事例にも言及している。

ただし、この記事では、逮捕が中国全土で起きている現象を象徴するものだとは一切言及していない。むしろ、蘭州警察が管轄外の人物を摘発しようとする法的問題について詳しく論じている。

中国のオンライン文化と、それに対する政府の規制を研究してきた立場から見ると、西側メディアでは「中国が~を取り締まる」という見出しが非常に多いことに気づく。

ここ数年では、インフルエンサーやセレブ文化、「ナヨナヨした」ボーイズバンドに対する「取り締まり」についても、同様の報道が繰り返されてきた。

こうした報道には一定の意図がある。すべての検閲や統制を「中国」という単一の存在に帰することで、西側に広く根付いている「中国=一枚岩の全体主義国家」というイメージを強化するのだ。実際にそういう側面もあるが、多くの場合、事情はもっと複雑だ。

「ストレート」な読者層

ソファで読書する女性

Isaac Y. Takeu-Unsplash

確かに、西側メディアは中国メディアよりも一般的に表現の自由が保障されている。ただし、その自由が常に十分に行使されているとは限らない。そして、中国で報じられる「取り締まり」のすべてが、見たままの意味とは限らない。

たとえば、ボーイズラブ小説を書いた女性作家たちの逮捕について、西側の見出しは、あたかもこの取り締まりが同性愛嫌悪に起因するかのように印象づけている。もちろん、そうした側面も否定はできないが、この種の創作を「ゲイ・エロティカ」と表現するのは正確ではない。

男性同士の恋愛や性的な関係を描いた物語や小説は、世界各地で数十年にわたりさまざまな形で存在してきた。これらの作品の多くは女性によって執筆され、主な読者層もまた女性だ。

「ボーイズラブ」という呼称は、こうした文学のうち、東アジア圏に特有のスタイルを指す際によく用いられる。このジャンルは少なくとも1990年代後半には確立しており、過去20年の間に着実に人気を拡大してきた。

ボーイズラブ小説は一般に、女性によって書かれ、異性愛の女性に読まれることが多い。この事実をめぐっては、学者や作家、ファンの間で、「ゲイ・エロティカ」と呼ぶことの妥当性について長く議論が続いている。

そのラベリングに反対の声が上がる主な理由の1つは、ゲイ男性によってゲイ男性の読者に向けて書かれた性的描写のあるフィクションとは、内容も視点も大きく異なる点にある。ボーイズラブ作品の多くは、現実のゲイ男性の経験とはかけ離れた、理想化された関係性を描く傾向がある。

実際、米バックネル大学の東アジア研究者・田曦(ティエン・シー)氏は、ボーイズラブ小説を「同性愛」として解釈することそのものに問題があると指摘している。

それは、ゲイ男性の現実ではなく、異性愛女性の欲望を映し出しているにすぎないという見方だ。さらに一部では、ボーイズラブを「反ゲイ的」とまで評する声もある。

中国では、ボーイズラブと同性愛を重ねて語ることで、一定程度ゲイ・コミュニティの社会的な可視性が高まってきた側面もある。しかし、今回逮捕された女性たちが、自らの創作を「ゲイ・エロティカ」と呼ばれることに同意するかは極めて疑わしい。

となれば、なぜ西側メディアは、今回の取り締まりを報じる際にそうした表現を用いるのか、という問いが浮かび上がってくる。

オンライン小説は巨大産業

オンライン読書

jiangxulei1990-Unsplash

ではなぜ、この種のフィクションを手がける作家たちが中国で逮捕されるのか?中国ではオンライン小説が巨大な産業になっており、北京当局はこの分野を経済的にも思想的にも統制しようとしている。

起点中文網(Qidian/チーディエン)や晋江文学城(Jinjiang/ジンジャン)といった中国国内の大手商業サイトでは、多彩なジャンルの小説が配信されており、人気作家の中には、購読料だけでなく、ゲーム化やドラマ化にともなう知的財産の販売によって数百万ドル規模の収益を上げる者もいる。

中国社会科学院の研究者がまとめた最新の報告書によれば、2023年時点で中国のウェブサイト上に掲載されている文学作品は3600万作以上にのぼり、そのうち400万作は同年中に新たに発表されたものだった。

オンライン読書市場の規模は約55億米ドルに達し、そこから派生する知的財産ビジネスの市場は約275億ドルとさらに大きい。

要するに、中国のオンライン文学は巨額の利益を生み、雇用を創出し、娯楽コンテンツとしても大きな存在感を持っている。政府はこの分野を支援する一方で、日本の漫画や韓国のボーイズグループに対抗しうる文化的「ソフトパワー」の源泉としても注目している。

資本主義の害悪としてのポルノ

だが中国政府にとって、ボーイズラブ文学は頭の痛い存在でもある。というのも、このジャンルは常に、あるいは時には他を圧倒して最も人気のあるカテゴリに入るからだ。

しかし、たとえ売れ行きが良くとも、当局はイデオロギー上の理由から「不健全」あるいはわいせつと見なされるコンテンツを抑え込もうとする。異性愛・同性愛を問わず、あらゆるポルノは資本主義の害悪とされ、社会主義国家・中国に居場所はないというのが政府の立場だ。

ここ数年、中国当局は大手サイトに対し、自主的なコンテンツ管理を徹底させることで、性的描写を大幅に抑制させることに成功してきた。その結果、ボーイズラブ小説は主要な配信サイトから姿を消しており、仮に存在しても別ジャンルに紛れている。

とはいえ、中国政府の管轄外にある海外サイトにおいて、中国人作家が自作のエロティックな作品を発表するのを完全に防ぐことは難しいのが現実だ。

「報道から消える事件」も

ボーイズラブ作家にとって問題なのは、自作の掲載によって収入を得て、その収入が中国国内に送金される場合だ。今回の逮捕例でも、台湾の配信ポータル「海棠(ハイタン)」で作品を公開し、そこから得た報酬を受け取っていた女性たちが摘発されたとみられている。

海棠は、中国本土のサイトでは掲載されないような過激な表現を含むボーイズラブ小説を多く取り扱っていることで知られており、当該作品は中国当局によって「わいせつ物」と見なされた可能性が高い。わいせつな出版物によって収益を得た市民は、わいせつ物頒布罪に問われることになる。

中国国内では、こうした法律について「時代遅れだ」との批判が多い。というのも、刑罰の上限は懲役10年と極めて重く、違法とされる利益額も1980年代の所得基準に基づいて算定されているからだ。

実際、南方週末の記事でも指摘されているように、法律の不備に対する懸念から、裁判官が最低限の量刑にとどめる事例が多く、控訴審で減刑されるケースも少なくない。

それでも、グレーゾーンはなお残る。そして、国内外のメディアに注目されすぎた事件は、突如として報道から姿を消すことがある。

たとえば2018年、「天一」を名乗る女性作家と出版関係者が、10年以上の実刑判決を受けた事件があった。出版された紙の小説を安徽省当局は「わいせつ」と判断したが、利益はさほど多くはなかった。

この件は中国国内でも大きな批判を呼び、西側メディアもこぞって取り上げた。しかしその後、西側が見落としたのは、判決からわずか1カ月後に控訴審が開かれたという事実だ。

その公判では検察官が一審での手続き上の不備を認め、地裁への差し戻しを求めたことが公に確認された。この公判はライブ配信され、中国国内で200万人以上が視聴していた。

中国メディアはこの展開を大々的に報じたが、それ以降、続報は途絶えた。判決は変更されたのか? 天一と出版社の関係者は実際に服役したのか? 誰にも分からない。

私が本当に懸念しているのは、こうした「報道から消える事件」だ。西側メディアでも中国メディアでも、突然言及されなくなり、社会の関心からも消えていく――そうした検閲こそ、もっと注目されるべきだと思っている。

The Conversation

Michel Hockx, Director of the Liu Institute for Asia & Asian Studies in the Keough School of Global Affairs, University of Notre Dame

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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