きなくさい話である。バラードは退職後に非営利団体「地下鉄道作戦(OUR)」を設立し、誘拐された少年少女を(手段を選ばず)救い出す活動に乗り出した。

しかし、バラードたちの乱暴なやり方には批判が多かった。マスコミ受けはするけれど問題の根を断つことにはつながらず、むしろ逆効果と見なされたからだ。OURは救出した少年少女を保護し、その社会復帰を支援する地道な活動には無関心だった。

かつてバラードの冒険に同行したことのあるライターのメグ・コンリーは21年のスレート誌への寄稿で、「本物の人身売買撲滅の取り組みに歓喜の瞬間はない。根気の勝負で、結果はすぐ出ず、スターの出番などはない」と書いた。

20年にはネットメディアのバイスがバラードとOURの活動を綿密に調査したが、OURの語る「少女たちを性的搾取目的の人身売買業者から解放したエピソード」の多くは「優れて映画的」で、「事実かどうかの確認は不可能に近い」と結論している。

「主役」と成功は必要か

人身売買の背景には貧困や格差の問題があり、その撲滅には長期的な取り組みが必要で、そこにスターの出番はない。しかしOURの宣伝や、この映画にはスターがいる。

映画のエンドロールにかぶせたメッセージで、カビーゼルは「この映画は英雄の物語です」と言う。「それは私が演じた人物のことではありません。最後まで希望を捨てずに助け合った兄と妹。彼らこそ真の英雄です」

高潔な感慨に聞こえるが、出来上がった作品は違う。主役はあくまでも「救う」側で、子供たちは単なる「救われる側」にすぎない。

皮肉なもので、本作の配給会社エンジェル・スタジオはハリウッドの主流派に立ち向かう独立系を自称しているが、出来上がった作品は優れてハリウッド的なスーパーヒーローの物語だ。

エンジェル・スタジオのウェブサイトに、自分たちは「ハリウッドに代わる第一の選択肢」だとある。しかし『サウンド・オブ・フリーダム』に新鮮味はない。1980年代に次々と話題作を送り出した(けれども90年代に失速した)独立系スタジオ「キャノン・フィルムズ」の作品とどこが違うのだろう。

要するに、まともな批評に値する映画ではない。しかし、そのほうが陰謀論者のメッセージを広めるには好都合だろう。もしも私が児童人身売買と戦う男の映画をこき下ろしたら、おまえは小児性愛者かと指弾されかねない。

ハリウッド流の戦略を丸のみ
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