最新記事
映画

小児性愛者や人身売買業者が登場する『サウンド・オブ・フリーダム』は派手なQアノン映画か? まともな批評に値する作品ではない理由

A Controversial Crusade

2023年8月25日(金)14時10分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)

きなくさい話である。バラードは退職後に非営利団体「地下鉄道作戦(OUR)」を設立し、誘拐された少年少女を(手段を選ばず)救い出す活動に乗り出した。

しかし、バラードたちの乱暴なやり方には批判が多かった。マスコミ受けはするけれど問題の根を断つことにはつながらず、むしろ逆効果と見なされたからだ。OURは救出した少年少女を保護し、その社会復帰を支援する地道な活動には無関心だった。

かつてバラードの冒険に同行したことのあるライターのメグ・コンリーは21年のスレート誌への寄稿で、「本物の人身売買撲滅の取り組みに歓喜の瞬間はない。根気の勝負で、結果はすぐ出ず、スターの出番などはない」と書いた。

20年にはネットメディアのバイスがバラードとOURの活動を綿密に調査したが、OURの語る「少女たちを性的搾取目的の人身売買業者から解放したエピソード」の多くは「優れて映画的」で、「事実かどうかの確認は不可能に近い」と結論している。

「主役」と成功は必要か

人身売買の背景には貧困や格差の問題があり、その撲滅には長期的な取り組みが必要で、そこにスターの出番はない。しかしOURの宣伝や、この映画にはスターがいる。

映画のエンドロールにかぶせたメッセージで、カビーゼルは「この映画は英雄の物語です」と言う。「それは私が演じた人物のことではありません。最後まで希望を捨てずに助け合った兄と妹。彼らこそ真の英雄です」

高潔な感慨に聞こえるが、出来上がった作品は違う。主役はあくまでも「救う」側で、子供たちは単なる「救われる側」にすぎない。

皮肉なもので、本作の配給会社エンジェル・スタジオはハリウッドの主流派に立ち向かう独立系を自称しているが、出来上がった作品は優れてハリウッド的なスーパーヒーローの物語だ。

エンジェル・スタジオのウェブサイトに、自分たちは「ハリウッドに代わる第一の選択肢」だとある。しかし『サウンド・オブ・フリーダム』に新鮮味はない。1980年代に次々と話題作を送り出した(けれども90年代に失速した)独立系スタジオ「キャノン・フィルムズ」の作品とどこが違うのだろう。

要するに、まともな批評に値する映画ではない。しかし、そのほうが陰謀論者のメッセージを広めるには好都合だろう。もしも私が児童人身売買と戦う男の映画をこき下ろしたら、おまえは小児性愛者かと指弾されかねない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の

ビジネス

LSEG、第1四半期収益は予想上回る 市場部門が好

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中