最新記事

映画

テロ犠牲者の「命の値段を査定」...全米の嫌われ者を描く『ワース』が傑作になれた特殊事情

How Much Is a Life Worth?

2023年2月23日(木)13時46分
ジェイミー・バートン
映画『ワース 命の値段』

(写真左)嫌われ者になったファインバーグを演じるキートン ©2020 WILW HOLDINGS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

<9.11テロの被害者に補償金を分配するという困難な事業。その「悲劇の真相」を生の証言も使って描き出す>

2001年9月11日の朝にアメリカ本土を襲った前代未聞の同時多発テロ。あのとき犠牲になった約3000人の命に「値段」を付けるという非情な任務を背負わされた男の実話に基づく映画が『ワース 命の値段』だ(日本では2月23日から劇場公開)。

■【動画】「なぜ人によって補償金の額が違う?」 命に値段を付けるという難題と、遺族に向き合った弁護士の苦悩...『ワース 命の値段』予告編

主演は『バットマン』などで知られるマイケル・キートン。共演にはスタンリー・トゥッチ、エイミー・ライアンらが名を連ねる。

もちろん、明るく笑える映画ではない。だが紆余曲折を経て2020年のサンダンス映画祭で初上映されると、絶賛を浴びた。そしてあの日から20年たった翌21年9月、晴れて全米公開の運びとなり、多くの人の心を揺さぶった。

原作は、当時のジョージ・W・ブッシュ政権によって9.11被害者補償基金の特別管理人に指名され、個々の遺族にいくら支払うかを査定するという「あり得ない仕事」を任された著名な弁護士ケネス(ケン)・ファインバーグの回顧録。誰に頼まれたわけでもないのに脚本を書いたのは、2014年の『GODZILLA ゴジラ』などで知られるマックス・ボレンスタインだ。

実を言うと、既に脚本は15年も前に出来上がっていた。映画やテレビ会社との契約更改交渉がこじれ、米脚本家組合(WGA)がストライキに突入し、映画作りが事実上ストップしていた時期(07年11月からの約100日間)のことだ。

「ストライキ中だから勝手に書けた」と、ボレンスタインは言う。「あの頃、9.11テロの話を書けなんて勧める人は一人もいなかった。まだ記憶が生々しくて、とても映画にできるとは思えなかったからね。でも、どうせストライキ中だから仕事はできない。ならば好きなこと、自分の書きたいと思うことを書こうと決めた。今にして思えば完璧なタイミングだった」

ファインバーグには次なる「査定」の仕事が

実際、出来上がった脚本には引き合いがあった。だが、別の問題が生じた。08年秋に起きた世界金融危機(いわゆるリーマン・ショック)だ。「大きすぎてつぶせない」金融機関や企業を政府が救済することになり、救済対象となった会社の役員に支払う報酬を政府が査定する必要が生じて、その責任者にまたもファインバーグが指名されたのだ。

「彼の出版契約には、映像化などに当たって本人の参加や関与を必須とする条項があった。ところが彼は(当時の大統領)バラク・オバマから強欲な経営者への報酬を査定するという素晴らしく重大な役目を与えられた」と、ボレンスタインは言う。

「そんな自分の話が映画化されることに、彼は二の足を踏んだ。まあ、当然だよね。外から見たら、地獄にはまったプロジェクトに見えたに違いない。だけど、私自身に焦りはなかった。じっとして、ただ機が熟すのを待てばいいと思っていた」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領令準備

ビジネス

ファーウェイ、チップ製造・コンピューティングパワー

ビジネス

中国がグーグルへの独禁法調査打ち切り、FT報道

ビジネス

ノボ、アルツハイマー病薬試験は「宝くじ」のようなも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中