最新記事

ドキュメンタリー

カニエ・ウェスト「人に見られたくない」ドキュメンタリーが描く、彼の人間臭さ

All Too Human

2022年3月12日(土)09時06分
ジャック・ハミルトン
『jeen-yuhs:カニエ・ウェスト 3部作』

ラッパーとして認められたい若きウェストはシカゴからニューヨークに出る COURTESY OF NETFLIX

<ドキュメンタリー『jeen-yuhs:カニエ・ウェスト 3部作』は、精神疾患の痛ましさも含め21世紀の文化を変えたラッパーの実像に迫る傑作>

ラッパーのカニエ・ウェスト(44)は、このドキュメンタリーを人に見せたくないと思っている。

1月にはインスタグラムで、はっきり不満を訴えた。「ネットフリックスで公開される前に、私に最終編集権を与えるべき......自分のイメージを自分で決められるように、今すぐ編集室を明け渡せ」

訴えが聞き入れられなくて、本当によかった。『jeen-yuhs:カニエ・ウェスト 3部作』(以下『ジーニアス』、ネットフリックスで独占配信中)は作り手の思いやりに支えられた感動作であり、さまざまな点で必見なのだから。

監督のクーディ&チケはウェストの出世作となった2003年の「スルー・ザ・ワイヤー」のミュージックビデオや夭折した天才バスケットボール選手をめぐるドキュメンタリー『ベンジー』を、コンビで手掛けてきた。

撮影の大半とナレーションを担当したクラレンス・「クーディ」・シモンズは、カメラを手に20年以上もウェストに密着した。

その成果の『ジーニアス』はウェストがプロデューサーとしてフォクシー・ブラウンやハーレム・ワールドにトラックを提供していた1990年代後半に始まり、アメリカ大統領選に出馬宣言をして世間を騒がせた2020年で終わる。

生々しい映像は『ドント・ルック・バック』や『ギミー・シェルター』など、スターが自分のイメージを厳しくコントロールするようになる以前のリアルな音楽ドキュメンタリーを彷彿とさせる。

胸を打つ母の愛と激励

第1幕と2幕では、ウェストが04年にデビューアルバム『ザ・カレッジ・ドロップアウト』で成功をつかむまでの軌跡をたどる。

その臨場感は『ザ・ビートルズ:Get Back』に近い。『ザ・ビートルズ』が20世紀で最も有名なバンドがゆっくりと解散に向かう様子を捉えたのに対し、『ジーニアス』は21世紀で最も有名なミュージシャンのブレイクまでの長い日々を映し出す。

とりわけ光るのが下積みの記録だ。ウェストには一夜にして成功したイメージが強い。『ザ・カレッジ・ドロップアウト』はリリースされる前から大評判で、世界制覇が運命付けられているかに思えた。

だが01年にJay-Zの傑作『ザ・ブループリント』に参加し一流プロデューサーと認められたウェストも、ラッパーとしては何年も日の目を見なかった。ようやくJay-Zのロッカフェラ・レコードとソロ契約を結んだ後も、主力のラッパーとして売り出してもらおうと必死で戦わなければならなかった。

不遇の日々を過ごすウェストと今は亡き母ドンダとのやりとりは、ひときわ胸を打つ。ドンダは母性と励ましの泉のような女性で、一方のウェストは愛されて育った子供らしく母に全幅の信頼を置いている。親子の瞳に宿る愛と敬意が、見る者を和ませる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ首都と周辺に夜間攻撃、8人死亡・多数負傷

ワールド

イスラエル、イラン首都に大規模攻撃 政治犯収容刑務

ワールド

ゼレンスキー大統領、英国に到着 防衛など協議へ

ワールド

プーチン氏、米の攻撃「正当性なし」 イラン外相と会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 9
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 10
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中