最新記事

映画

アクの強さと芸術性...鬼才ウェス・アンダーソンが魅せる『フレンチ・ディスパッチ』

Wes Anderson’s Licorice

2022年1月27日(木)17時12分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

このシーンがサイレントのコメディー映画顔負けのドタバタ喜劇に終わってからが、いよいよ本作のメイン――3本の長い記事がそれぞれ短編映画になっている。

1本目は、ティルダ・スウィントン扮するアート評論家による記事。殺人罪で刑に服している画家(ベニチオ・デル・トロ)が彼のヌードモデルを務める看守(レア・セドゥ)と恋仲になり、美術商(エイドリアン・ブロディ)は才能はあるが精神不安定な画家を釈放させようとする。

2本目では、68年のパリの学生運動を取材する記者(フランシス・マクドーマンド)が、学生運動のリーダー格の青年(ティモシー・シャラメ)と恋に落ちる。3本目ではフードライター(ジェフリー・ライト)が、伝説的シェフ(スティーブン・パーク)の取材中に警察署長(マチュー・アマルリック)の幼い息子の誘拐に巻き込まれる。

ニューヨーカー誌の歴史を意識した設定だと、同誌の「通」ならぴんとくるはず。作家メイビス・ギャラントは68年の学生デモを、バリケードの中からリポート。ジェームズ・ボールドウィンはライト扮するライター同様、同性愛者で黒人の著述家。祖国アメリカを離れてパリで暮らす作家のコミュニティーに、初めて自分の居場所を見つける。

重いテーマを軽いノリで

3本とも、重くなりかねないテーマを扱っている。投獄と精神疾患。社会不安と損なわれたジャーナリズムの誠実さ。人種差別、同性愛嫌悪、組織犯罪。だがアンダーソンのタッチは、時に腹立たしいほど軽い。政界や社会の複雑さをギャグやエピソードのネタにする。ある主要人物の悲劇が、本作では貴重な、感情がむき出しになる瞬間だ。

以上3本とその枠組みに何か一貫したものがあるとすれば、それは活字の力への愛と共同で創作する喜びだろう。本作はいわゆる「ミザナビーム(入れ子構造)」、すなわちミニチュアで再現した自己言及的なアート作品だ。映画も雑誌と同様こだわり抜いて、果てしない努力とそれに見合わない成果とをわざと滑稽に際立たせる。

こんな取るに足りない話に、アンダーソンは持てる限りの映画の手法をつぎ込む。画面分割、カラー/モノクロ、あるいは画面の縦横比の変化、横移動と凝ったセット、漫画のタンタンシリーズ風のアニメ。このディテールへの凝りようは本作の見どころだが、同時に閉塞感も生む。

それでも、エンドロールで架空の雑誌の歴代の表紙が映し出された途端、もう一度見たくなる。ドールハウス並みに完璧な枠組みの隅々まで吟味するためだけにだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミネソタ州に兵士1500人派遣も、国防総省が準備命

ワールド

EUとメルコスルがFTAに署名、25年間にわたる交

ワールド

トランプ氏、各国に10億ドル拠出要求 新国際機関構

ワールド

米政権、ベネズエラ内相と接触 マドゥロ氏拘束前から
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向」語る中、途方に暮れる個人旅行者たち
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 5
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 6
    DNAが「全て」ではなかった...親の「後天的な特徴」…
  • 7
    鉛筆やフォークを持てない、1人でトイレにも行けない…
  • 8
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 9
    シャーロット英王女、「カリスマ的な貫禄」を見せつ…
  • 10
    AIがついに人類に「牙をむいた」...中国系組織の「サ…
  • 1
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 8
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 9
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 10
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中