最新記事

映画

水俣病を象徴する「あの写真」を撮った写真家の物語『MINAMATA─ミナマタ─』

An Unending Fight

2021年9月30日(木)21時33分
大橋希(本紙記者)
『MINAMATA―ミナマタ―』

劇中のユージン ©︎LARRY HORRICKS ©︎2020 MINAMATA FILM, LLC

<「作られるべき映画だった」とジョニー・デップが語る『MINAMATA─ミナマタ─』。写真家ユージン・スミスと水俣病患者の闘いは今も続く>

「写真は撮る者の魂の一部も奪い去る。つまり写真家は無傷ではいられない。撮るからには本気で撮ってくれ」

映画『MINAMATA―ミナマタ―』で、妻となるアイリーン(美波)に「撮影を手伝う」と言われ、写真家ユージン・スミス(ジョニー・デップ)はこう返す。周囲との軋轢や葛藤の多かった人生の終盤、傷ついた体を押して水俣病の取材を続けた彼らしいせりふだ。

ユージンは、1930~50年代のフォトジャーナリズム全盛期を代表する1人。37年にニューズウィークの仕事からキャリアを始め、ライフ誌を中心に数々のフォトエッセー(あるテーマを組み写真で表現したもの)を発表した。

日本とのつながりも深い。第2次大戦中はアメリカの従軍記者としてサイパン、レイテ、硫黄島、沖縄を取材。沖縄戦では日本軍の砲弾で重傷を負い、その後遺症にずっと悩まされた。

60年代には日立製作所の依頼で日立市などに滞在し、宣伝用の写真集を制作している。このときユージンは日立の工場や労働者だけでなく、普通の市民の生活にもカメラを向けた。「日本の漁村をもう一度撮りたい」とも話していたそうで、それが後の水俣取材につながったとの見方もある。

患者たちの闘いに世界の目を向ける

映画『MINAMATA』は、1971年のニューヨークから始まる。主人公のユージンはキャリアの最盛期を過ぎ、酒に溺れて借金を抱え、子供たちからも愛想を尽かされていた。そんな彼に、日本企業のCM撮影で知り合ったアイリーンが持ち掛ける――熊本県水俣市では大企業チッソが海に垂れ流す有毒物質のせいで大勢の住民が病気になり、命を落としている。患者たちの闘いに世界の注目を集めるため取材をしてほしい。

211005P48_MNM_01.jpg

水俣撮影中のユージン(73年) PHOTO BY TAKESHI ISHIKAWA ©︎ISHIKAWA TAKESHI

ユージンと妻のアイリーン・美緒子・スミスは71年秋から3年間、水俣市に住んで患者や家族たちの姿を撮影した。その取材が結実し、水俣病の現実を世界に知らしめた写真集『MINAMATA』が今回の映画の原案だ。アメリカでは75年、日本では80年に出版され、ユージンの遺作となった。

デップはそうと言われなければ分からないほど自身を消し、ユージンになり切っている。アイリーン役の美波、患者救済運動の先頭に立つヤマザキ・ミツオ役の真田広之、チッソ社長役の國村隼などもそれぞれはまり役だ。

水俣での撮影はごく一部で、主なロケ地はセルビアとモンテネグロ。日本の海岸の風景とはどこか異なると感じるものの、大きな違和感はない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド貿易赤字、11月は縮小 政府高官「米との枠組

ビジネス

日本生命、医療データ分析のMDVにTOB 完全子会

ワールド

逮捕されたイランのノーベル平和賞受賞者、激しい殴打

ビジネス

英財務報告評議会、EYのシェル監査を規則違反で調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中