最新記事

映画

ホームレスとハウスレスは別──車上生活者の女性を描く『ノマドランド』の問いかけ

Meditating the Meaning of Home

2021年4月2日(金)19時04分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)
『ノマドランド』のワンシーン

他のノマドたちとの交流が描かれる(中央がウェルズ) ©2020 20TH CENTURY STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED

<米西部をさすらう車上生活者の女性を見つめたクロエ・ジャオ監督作『ノマドランド』の静かなすごみ>

「私はホームレスじゃない。ハウスレスなだけ」。夫を亡くした60代のファーン(フランシス・マクドーマンド)は、心配げな年下の友人にそう言う。「それって別でしょ?」

この問いの謎は、詩的で衝撃的なまでに切実なクロエ・ジャオ監督の長編3作目『ノマドランド』の最後まで鳴り響く。成人してからずっと暮らしてきた「ホーム」から、車上暮らしの移動労働者として、自らの手で日ごとにつくり上げるべき居場所へ──それこそがファーンの旅路であり、この映画の物語だ(同作は2月末に発表されたゴールデングローブ賞でドラマ部門作品賞と監督賞を受賞)。

本作は「ホーム」の意味と価値に思いを巡らせる。それは建物の中にあるのか。それとも車に? 家族に? 安心感と帰属感がホームなのか。ファーンは何度もその全てとさらに多くを失うが、自分を哀れむことはなく、哀れな存在として描かれることもない。彼女に家は要らない。ホームがあるのだから。

ジャオの過去2作と同様、本作の舞台はハリウッドの西部劇でおなじみの不気味で美しいアメリカの自然だ。ファーンは仕事を求めてネバダの山岳地帯やサウスダコタの荒れ地、アリゾナの砂漠を移動する。疾走するバイソンを車窓越しに見つけたかと思えば、独り森の中の泉に裸で漂うこともある。だがこうした広大な風景に、多くは自然に対する脅威という形で、21世紀型資本主義の光景が重なる。

高齢者のノマド共同体

ファーンが従事する季節労働の1つが、ネット小売り大手アマゾンの巨大な配送センターでの梱包作業だ。黄色いプラスチックの箱が延々とベルトコンベヤーで運ばれていく。工業型の大規模農場では、ビルのようにそびえる山積みのビーツを荷積みする。

その非人間的なスケールを強調するかのように、こうした作業をジャオは離れた視点から捉える。とはいえ作品自体も登場人物も、現代の労働の搾取的性質について説教したり思索したりはしない。

実際、ファーンは低賃金の重労働を気にしていない。おんぼろの車のメンテナンスのために現金が必要なことに加えて、働くことが好きなのだ。

ファーンはとても好感の持てる人物だ。独立心があって心が広く、過剰なほど機転が利く。その一方、理解するのが難しい人物でもある。自ら選んだミニマルな生活に激しくこだわる姿は、時に一種の悟りとして、時には精神疾患の兆候として解釈できる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

植田総裁、21日から米国出張 ジャクソンホール会議

ビジネス

中国のPEセカンダリー取引、好調続く見通し 上期は

ワールド

マスク氏が第3政党計画にブレーキと報道、当人は否定

ワールド

訪日外国人、4.4%増の340万人 7月として過去
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中