最新記事

映画

ホームレスとハウスレスは別──車上生活者の女性を描く『ノマドランド』の問いかけ

Meditating the Meaning of Home

2021年4月2日(金)19時04分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

210330p56_NDL_01.jpg

夫を亡くした主人公ファーンは仕事を求めて移動を繰り返すなか、同じ立場であるノマドの共同体の存在を知る ©2020 20TH CENTURY STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED

マクドーマンドの深みと曖昧さに満ちた演技が示唆するように、ファーンが移動を繰り返すのは何かを求める行為であり、別の何かからの逃避でもある。その何かとは何か、本人も把握していない。

ファーンの過去は少しずつ明らかになる。破れたスナップ写真の中に1度だけ登場する亡き夫は、ネバダの鉱山で働いていた。家族とはほぼ断絶状態のようだが、車の修繕費を貸し、自宅に泊まるよう誘ってくれる妹がいる。

恋する男デーブ(デービッド・ストラサーン)をはじめ、ファーンはほかの移動生活者と親しくなるものの一定の距離を保ち、関係が面倒になったらすぐに立ち去る気でいる。労働階層出身で、時に粗暴なほど率直に物を言うが、多くの驚きを秘めている。あるときは独りきりでフルートの練習をし、詩を暗唱して聞かせる荘厳な場面もある。

本作は、2017年に刊行されたジェシカ・ブルーダーの著書『ノマド──漂流する高齢労働者たち』(邦訳・春秋社)を原作とする。アマゾンの倉庫など、季節労働の現場を潜入取材したノンフィクションだ。ファーンは映画のために創作された役柄だが、原作の登場人物がそのまま出演しているケースもある。

ファーンが「ノマド」と称する移動生活者の共同体を知るのは、実在のノマドの集会の場だ。車上生活者(大半はいわゆる定年を過ぎた高齢者だ)が砂漠に集まって食べ物を分け合い、道具やアドバイスを交換し、彼らの拠点となっているYouTubeチャンネルの主宰者、ボブ・ウェルズの言葉に耳を傾ける。

ウェルズは本作に本人役で出演した。ファーンの親しい仲間スワンキーとリンダ・メイも、実在のノマドである同名の女性2人が演じている。彼女たちの物語と、ようやく安らぎを手にしたというたたずまいは、最も忘れ難い場面のいくつかを生み出している。

アマチュアの役者、特に社会の周辺部で暮らす高齢者と有名俳優を混合すれば、独善的な印象を与える恐れもあった。だがマクドーマンド(原作の映画化権を取得し、共同製作者としてジャオを指名した本人でもある)の飾り気のない演技と、プロもアマチュアも配慮と共感を込めて捉えるジャオの目線によって、両者の境界は消え去っている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

12月FOMCでの利下げ見送り観測高まる、モルガン

ビジネス

米シカゴ連銀総裁、前倒しの過度の利下げに「不安」 

ワールド

IAEA、イランに濃縮ウラン巡る報告求める決議採択

ワールド

ゼレンスキー氏、米陸軍長官と和平案を協議 「共に取
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中