最新記事

人生を変えた55冊

『失敗の本質』『武士道』『道しるべ』...中満泉・国連事務次長の「人生を変えた5冊」

2020年8月7日(金)11時15分
中満 泉(国連事務次長・軍縮担当上級代表)

毎日新聞社/AFLO

<日本軍の組織論、新渡戸稲造、天文学者の自然科学書、そしてボスニア紛争での経験とシンクロした「アンネ」と、国連事務総長の孤独。国連日本人トップが多彩な5冊を紹介する。本誌「人生を変えた55冊」特集より>

私がいま関わる紛争の解決などの仕事に影響を及ぼしたのは子供の頃に読んだ『アンネの日記』。戦争の中で生きる個人の重たい描写もあれば、普通の女の子らしい人生を生きていたという面もあったことが印象に残っている。体験ではなく知識で戦争を学ぶと、一人一人の顔、生きざまが見えてこないが、それを理解できるような本だと思う。


『アンネの日記』
 アンネ・フランク[著]
 邦訳/文藝春秋

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

1990年代前半に国連の仕事でボスニアにいたとき、アンネの一家がオランダでかくまわれたように、イスラム教徒を実際に自分の家にかくまっていたクロアチア人に出会った。戦争の最中にも命を懸けて正しいことをする人はいるということを実感し、だからこそこの本は読み継がれているのだと思った。
2020081118issue_cover200.jpg
自分がこれまで勉強してきた分野でいまだに本棚から引っ張り出すのは『失敗の本質――日本軍の組織論的研究』。なぜ日本軍が第2次大戦であれだけの失敗をしたかを学際的に分析した本で、大学院生時代に有事の際の意思決定に関して勉強していたときに父親に薦められて読んだ。新型コロナウイルスへの対応などで今の日本についても当たっているなと思うことがある。どんなことに注意して組織を率いていけばよいかや、きちんとした戦略目的がいかに重要かなどについて、「こういうふうにしてはいけない」という反面教師として時々思い出している。


『失敗の本質──日本軍の組織論的研究』
 戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、
 村井友秀、野中郁次郎[著]
 中央公論新社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

いろいろなことを考え、興味を持つための知的刺激を与えてくれたのは天文学者である松井孝典の『宇宙誌』。アリストテレスからアインシュタイン、ホーキングに至るまでどうやって人間が科学的真理を追究してきたかを、私のような純粋に文系の人間にも分かるように書かれている。これを読んで初めて自然科学に興味を持つことができた。


『宇宙誌』
 松井孝典[著]
 講談社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

印象に残っているのは、人類の歴史上、ずっと科学者=哲学者だったと紹介していること。科学の追究はある意味哲学的、もっと言うとやや宗教的、精神的な営みでさえあることがよく分かる。読んで以来、視野が広がり、サイエンス系の論文も興味を持って読めるようになった。

最後の2冊は現在進行形で影響を受け続けており、恐らく今後も何回も読み返す本。一冊は新渡戸稲造の『武士道』。海外に日本の倫理的基盤を紹介するため非常に分かりやすい英語で書かれている。うがち過ぎかもしれないが、彼は西洋と日本のギャップに苦しんだ人だと思う。


『武士道』
 新渡戸稲造[著]
 邦訳/PHP研究所ほか

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

【関連記事】戦火のアレッポから届く現代版「アンネの日記」
【関連記事】太田光を変えた5冊──藤村、太宰からヴォネガットまで「笑い」の原点に哲学あり

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を

ワールド

アングル:中国企業、希少木材や高級茶をトークン化 

ワールド

和平望まないなら特別作戦の目標追求、プーチン氏がウ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中