最新記事

映画

フレミングの007よ、永遠に

2015年12月1日(火)17時05分
エドワード・プラット

magc151201-02.jpgボンドを取り巻く女たちをはじめ存在感ある脇役もシリーズの魅力 SPECTRE ©2015 METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC., DANJAQ, LLC AND COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED


 フレミングはあえてボンドに謎を残したらしい。「目立たせたくなかった。彼の身辺では派手なことが起きるが、本人は地味なんだ」と58年4月の書簡で打ち明けている。それでも「深みを演出」するため「ボンドに芝居じみた仕掛けを用意」せざるを得なかった。銃、葉巻、「氷みたいに冷たくなるまでシェイク」して「大きく薄く切ったレモンの皮」を入れたウオツカ・マティーニなどだ(フレミング自身試してみたが「飲めたものではなかった」という)。

 食事も「いくぶん高価だが基本的に質素」とフレミングは書いているが、とんでもない。ヴェスパーとの初めてのディナーではキャビアに「ごく小ぶりの牛ヒレ肉のトルヌードをレアで、ベアルネーズソースとアーティチョークのつぼみを添えて」──平たく言えばステーキのアーティチョーク添えだ。それから(今では違和感があるが)「半分に切ったアボカドにフレンチドレッシングを少々」。戦後の食糧難の時代に、デカダンス漂うメニューは読者を喜ばせた。

 夢のような豪華さを演出したのは食事だけではない。魅力的な女たち、遠く離れた異国の地と空の旅、ギャンブルやスキーやスキューバダイビングといった贅沢な娯楽。ボンドとCIA局員フェリックス・ライターとの関係には敬意と優越感の名残が混在し、戦後もイギリスとアメリカは対等なパートナーであることを暗示する。こうしたすべてに50~60年代の読者は胸をときめかせたに違いない。

緻密かつリアルな世界

 中にはあまりに時代遅れな要素もある。ボンドの(というよりフレミングの)女性観について、スコットランドの小説家キャンディア・マクウィリアムは『カジノ・ロワイヤル』に寄せた序文で「気持ちいいくらいレトロな男尊女卑」と指摘。人種差別や紳士気取りも目につく。

 しかしそうした難点を、緻密なストーリー構成とリアルな設定が救っている。フレミングは物理的なディテールと感覚を積み重ねて、語りの勢いを失うことなく臨場感を生み出す天才だ。007シリーズの後継作家第1号となったキングスリー・エイミスはかつて、『007 ドクター・ノオ』の島は小説の舞台として完璧だと語った。

 ボンドの同僚や敵や恋人など脇役も存在感たっぷりだが、やはり気になるのはフレミングの描くボンド。『スペクター』が前作並みに成功するとしたら、その立役者はフレミングの作品の中心で私たちの好奇心を刺激してやまない謎めいた男──ジェームズ・ボンドに違いない。

[2015年11月24日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ブラジル前大統領の刑期短縮法案、上院も可決 ルラ氏

ワールド

米、新たな対ロ制裁準備 プーチン氏が和平合意拒否な

ワールド

ロシア産ナフサ、トランプ氏のタンカー封鎖命令で対ベ

ビジネス

EXCLUSIVE-FRB、シティへの改善勧告を解
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中