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今だからギリシャが熱い!

2010年4月28日(水)13時13分
ジェレミー・カーター

 その意味で、2月に公開された『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』は『トロイ』よりややましだ。『パーシー・ジャクソン』の世界では、神々が今も人間と交流している。いや、交流どころか子供までつくっている。

 主人公のキャラクターはその典型例だ。平凡な高校生のパーシーはある日突然、自分が海神ポセイドンの息子だと知らされる。

 さらわれた母親を救うため、パーシーは神話と現実が渾然一体となった世界に旅立つ。オリンポス山はエンパイア・ステートビルの上にそびえ、『オデュッセイア』に出てくるロトパゴス(ロータス=ハスの実を食べる人々)の島はラスベガスのロータス・カジノ。ミノタウロスは自動車を放り投げ、パーシーはiPodで怪物メドゥーサに立ち向かう。

 だが、落とし穴をすべて回避できたわけではない。カフェラテとタクシーの世界に神話を持ち込めば、時にはおかしな具合になる。メドゥーサがパーシーを誘惑する熟女という設定では、この役を演じたユマ・サーマンがかわいそう。ケイロン役のピアース・ブロスナンも見ていて気の毒だ。

 壮大な神話と身近な現実がぎこちなくぶつかり合う場面を見せられると、物語の時代を遠い昔に設定したホメロスらの賢明さに感心させられる。イギリスの古典研究者イーディス・ホールはアイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスの3大悲劇詩人を取り上げた『ギリシャ悲劇』で、こうした時代設定は「古代アテネの社会の根底に流れていた不安、希望、緊張、矛盾」を浮き彫りにするために欠かせなかったと解説している。

 ギリシャ文化が時を超えて生き続けるのは、卓越した物語性に加え、こうした難問に答えようとする姿勢を貫いていたからだ。現代のアーティストが神話を「正しく」再現したいのなら、刺激的なストーリーを拝借するだけでは不十分だ。神話誕生の原動力となった探究心を尊重する必要がある。

心の動きの神秘に迫る

 舞台芸術の世界では『アガメムノン』や『バッコスの信女』などの古典の再演を通じ、古代ギリシャの精神に迫ろうとする試みが散見される。だが最近のニューヨークの舞台を見る限り、この手の再演には失敗作や凡作が多い。ひどく不格好か風変わりで、原作の美や残酷さを表現できていない。

 それでもチャールズ・ミーのような劇作家は、ギリシャ演劇と現代のテキスト(新聞広告やネットの検索結果)を混ぜ合わせ、古さと新しさが同居する興味深い作品を生み出している。例えば『イフィゲニア2・0』では、トロイア戦争のために娘をいけにえにするアガメムノンの物語を使い、イラクに侵攻したアメリカの身勝手さに鋭い疑問を投げ掛けた。

 文学の世界では、アイルランド出身の作家ジョン・バンヴィルが現代の謎を探究する試みに挑んでいる。新著『無限大』は映画『パーシー・ジャクソン』と同じく、神々が今もこの世界をうろついているという設定だ。

 この小説は天才数学者アダム・ゴッドリーの自宅を舞台に、ある1日を描く。ゴッドリーは昏睡状態で、家族や友人たちは彼の世話を焼き、互いに口論しているが、犬だけは死者の魂を冥界に送り届ける神ヘルメスがゴッドリーの家の周囲を漂っているのに気付く。そしてヘルメスだけが、オリンポスの主神である父ゼウスがここに立ち寄っていたことに気付く。

 この物語の登場人物は、ギリシャ神話より古いジレンマと闘っている。特に厄介なのは、父と息子の関係をめぐるジレンマだ。

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