なぜヒトだけが老いるのか? 生物学者が提言する「幸福な老後の迎え方」

2023年10月26日(木)07時47分
flier編集部

社会における「シニア」の価値とは?

──ご著書を通じて、「長い老後があるのはヒトだけ」と知って驚きました。

野生の動物には老いはありません。ぴんぴんころりです。これに対し、飼育されている犬や猫には老いがあります。ただ、野生の動物と違い、あまり運動していなかったりして、死にきれなくなっているというのが正しい。つまり消極的に老いているんです。でもヒトは、老いがあったからこそ今の人類のように進化できた、つまり「積極的に老いている」のです。これが飼育された動物とヒトとの決定的な違いです。

──積極的な老いですか。ヒトだけが長い老後をもつのはなぜでしょうか?

ヒトが集団生活をするうえで、経験、スキル、集団を束ねる力に長けた年長者、つまり「シニア」のいる集団のほうが、進化の観点で有利だったからです。シニア=高齢者とは限りませんが、集団の中で知識や技術を持ち、物事を広く深くバランスよく見られる人を「シニア」と呼びます。いわゆる「徳のある人」ですね。

若い頃は「人より上に立ちたい」「好きな人と結婚したい」などと、欲望を追求して生きればよかった。これはもちろん自然のことで正解です。若者は向こう見ずにいろんなことに挑戦できます。ところが、全員がそうした振る舞いをしていると、社会としては収拾がつきません。若い人たちの自由度を支える社会基盤が必要になります。そしてその支える役割を果たしてきたのがシニアなんです。

私は社会の理想を2層構造でとらえています。1つは個人の力を発揮する「クリエイティブ層」。もう1つは、彼らに知識や技術、文化を継承し、集団のバランスを保つ「ベース層」です。この2つの層があるから、各世代が力を発揮できる。実際のところ、シニアがベースを担ってきたおかげで集団が安定し、選択により寿命が延び、文明も飛躍的に発展しました。

ベース層に切り替わるうえでのポイントが「老い」なんです。年を重ねると、身体に変化が起きて、以前ならできていたことが難しくなります。また、子どもができたり、職場で部下や後輩ができたりして教える機会が増える人もいるでしょう。すると、自身のクリエイティブとベースの割合が少しずつ変わってくるし、自分が色々な人に支えられてきたことを実感するんです。利己的・競争的だったライフスタイルも変わり、他者や集団全体の利益にも思いを馳せるようになります。この視点に立つと、「よいシニア」とは、利己から利他へ、私欲から公共の利益へと価値観をシフトさせていく存在といえるかもしれません。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米加州の2035年ガソリン車廃止計画、下院が環境当

ワールド

国連、資金難で大規模改革を検討 効率化へ機関統合な

ワールド

2回目の関税交渉「具体的に議論」、次回は5月中旬以

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米国の株高とハイテク好決
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中