最新記事

デザイン

「上に行くエスカレーター?」と迷わせたら、デザインの負け

ユーザーを迷わせ、その行為を途切れさせてしまう「バグ」を解消するのは、本来はデザイナーの仕事だ

2015年11月20日(金)16時05分

迷いの「バグ」 近くまで行かないと向きがわからないエスカレーターに、不満を頂いたことはないだろうか(『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』より)

 デザインが気に入って買ったけれど、持ち帰ってみたら使いにくかった、あるいは、合わなかった。そんな経験をしたことはないだろうか。

 どんなにカッコよかったとしても、それは「良いデザイン」ではない。デザイナーであり、京都造形芸術大学大学院でSDI(ソーシャルデザイン・インスティチュート)の所長を務める村田智明氏に言わせれば、今デザインに求められているのは見た目の美しさだけではないのだ。

 村田氏は、人の行動に着目し、改善点を見つけてより良く、美しくしていくための手法として「行為のデザイン」を提唱している。どういうことかと言うと、例えば会議室のような広い部屋に必要なのは、美しいスイッチ盤ではなく、暗闇で照明をつけようとしたときに、どのスイッチが天井のどの照明と対応しているか迷わなくて済むようなスイッチ盤だ。あるいは、ショッピングセンターや駅の構内に必要なのは、「上に上がろう」と思って近づいたら「下り」だったという失敗をしないで済むような、遠目でもどちらの方向に動いているかがわかる視認性が高いエスカレーターだ。

 大切なのは、ユーザーがスムーズに目的の行為を進められるようにすること。そして、そのためには開発者や技術職、営業職など、デザイナー以外の人からも複合的な知恵を結集しなければならない。村田氏は、それらを達成する新しいデザインマネジメントの手法を『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』(CCCメディアハウス)で余すところなく解説。パナソニックや富士通、コクヨファニチャーなど多くの企業が導入し、実績を挙げたワークショップの開き方まで伝授している。

 これまで2回、本書の「第1章 行為のデザインは、開発力を加速させる」から一部を抜粋したが、それに続き「第2章 バグの種類とその解決法」から一部を抜粋し、前後半に分けて掲載する。村田氏によれば、ユーザーの行為を止めてしまう「バグ」は8種類にパターン化でき、それぞれにソリューションがあるという。ここでは、そのうち2種類のバグを紹介しよう。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『問題解決に効く「行為のデザイン」思考法』
 村田智明 著
 CCCメディアハウス

※抜粋第1回:不都合や不便を感じるデザインでは、もう生き残れない はこちら
※抜粋第2回:店頭での見栄えだけを考えた商品は、価値がない はこちら
※抜粋第3回:「ゴミを捨てないで」が景観を損なってしまうという矛盾 はこちら

◇ ◇ ◇

2.迷いのバグ(パープレキシティ・バグ)

 目的に向かって行動しようとしているのに、迷いが生まれて動きが止まってしまう、または逆戻りしてしまうのが迷いのバグです。

 第1章で書いたように「その行為が流れるように行われる」のが美しい行為であり、私たちがめざすデザインです。迷いのバグがあると行為の美しさは途切れ、損なわれます。

 多くの人が出会うバグに、エレベーターの開閉ボタンがあります。私たちはドアが閉まりそうなときに誰かが乗ろうとするのを見ると、あわてて「開」ボタンを押します。しかしエレベーターによって開閉ボタンの位置が逆だったり、開閉の文字が一瞬読み取れずに迷ったりして、うっかり「閉」ボタンを押してしまう場合があります。特に漢字になじみのない外国人や、弱視の人には同じ文字に見えるかもしれません。

 漢字の代わりに▲で開閉を示すボタンはさらに迷いを生じさせています。一見すると内側に角が向く「閉」のサインのほうが空間が広く見え、開いているように感じてしまうからです。こういったバグはきれいなフォントやレイアウト、美しいピクトグラムとは違う次元の問題だということがわかると思います。本来は、デザイナーの仕事でこういった迷いのバグはなくすべきなのです。

 そこで以前、学生に「エレベーターのボタンデザインを考えよう」と課題を出して、みんなでアイデアを出し合ったことがあります。

 出されたデザインに学生が投票して圧倒的な一位に輝いたものがありました。それは目と口で表現された顔がベースになっていて、「開」は「口がパカッと開いている顔」、「閉」は「口がギュッと閉じられている顔」なのです。開閉の概念が子どもにも伝わるデザインで、アイコンのシンプルさを持ちながら温かみが感じられるのです。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

サムスン電子、第2四半期は55%営業減益 AIチッ

ビジネス

フォード、通期の関税コスト予想上限30億ドルに引き

ワールド

米、小口輸入品への関税免除措置「デミニミス」廃止を

ビジネス

日経平均は小反発で寄り付く、円安が支え 個別物色も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 9
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 10
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中