最新記事

欧州

イギリスに迫るEU脱退の現実味

右派メディアのプロパガンダに踊る「反EU」世論が見落とす真実

2012年12月20日(木)13時10分
マイケル・ゴールドファーブ

厳しい選択 キャメロンはEU脱退の是非を問う国民投票の実施に追い込まれるかもしれない Eric Vidal-Reuters

 イギリスはEU(欧州連合)から脱退すべきだ──イギリス人の56%がそう望んでいるとの世論調査が11月半ばに発表され、国民投票による決着を求める圧力は日増しに高まっている。

 ユーロ危機が長引くなか、EU加盟国だがユーロ圏には属さないイギリスにとって「大陸」との付き合い方は大きな懸案だ。ところがキャメロン英首相は、この話題を必死で避けようとしている。

 国民投票が行われれば、EU脱退派が勝つのは明白だ。11月下旬に行われたEU首脳会議で、EU予算の大幅削減やイギリスの拠出金減額といった主張が通らず、右派メディアが反発を強めていることも、脱退論の高まりに拍車を掛けている。

 イギリス人のEU嫌いには歴史的な背景があるが、右派メディアによるプロパガンダの影響も大きい。

 歴史的要因はこうだ。第二次大戦後、チャーチル英首相は欧州統合の必要性を訴えながらも、英連邦を率いるイギリスは統一欧州の一部にならないとした。

 ところが英連邦の栄光は長く続かず、イギリスが他国との連携を模索し始めた頃には既に、EUの前身であるEEC(欧州経済共同体)が西ドイツとフランスの主導で結成されていた。63年、イギリスは初めての加盟申請をドゴール仏大統領に拒否されるという屈辱を経験。イギリスは73年にEECの後身ECに加盟したが、国民が加盟を承認したのは75年になってからだ。

EU参加の知られざる恩恵

 興味深いのは、当時とは状況が大きく変化していることだ。75年当時、保守党が親欧州だったのに対し、労働党は欧州を労働者を搾取する資本家集団と見なしていた。それが今では、保守党陣営はEUを社会主義の最後のとりでと見なし、支持者の中でEU残留を望む人はわずか4分の1しかない。一方、労働党支持者の間でもEU残留派は4割にすぎない。

 右寄りメディアによる「反EU」報道も、EU離れの大きな要因だ。彼らは長年、EUの執行機関である欧州委員会を容赦なく攻撃してきた。

 実際、欧州委員会には役人の法外な高給からばかげた官僚主義まで、批判されやすい要素が満載だ。域内製品の品質を均一化するためバナナとキュウリの曲がる角度まで定めたお役所仕事を揶揄した報道は、今もイギリス人の脳裏に焼き付いている。

 だが報道が常に真実を語るとは限らない。ポーランドのシコルスキ外相は先月、英ガーディアン紙に論説を寄稿して冷静な議論を呼び掛けた。イギリスのEUへの拠出金は1人当たり年間150ポンド以下で他の加盟国より低い。しかも欧州単一市場が存在するおかげで、1世帯につき年間1500〜3500ポンドの経済的恩恵を受けている──。

 シコルスキはかつて共産体制下のポーランドからイギリスに亡命した人物で、キャメロンらと同時期にオックスフォード大学で学んだエリート学生クラブの一員でもあった。つまり社会主義者とは程遠い人物で、その言葉には耳を傾ける価値がある。

 だが、長年かけて世論に植え付けられたEU懐疑論を消すのは不可能に近い。ユーロ危機がイギリス経済低迷の元凶とされるなか、EUへの反発は今後さらに強まるだろう。追い込まれたキャメロンはいずれ、国民投票の実施に同意せざるを得なくなるかもしれない。

 ギリシャはユーロとEUからの脱退が現実味を帯びてもなお、ユーロにしがみついている。なのに、ユーロに参加したことのないイギリスがEU脱退の第1号になると目されているとは、何とも皮肉な話だ。

From GlobalPost.com特約

[2012年12月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 8
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中