最新記事

貿易

米中「貿易戦争」を覚悟せよ

米下院で対中制裁法案が可決されれば報復合戦は避けられないが、中国の横暴を許してはならない

2010年9月28日(火)18時18分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

一触即発 中国が人民元切り上げに応じなければ、アメリカは「報復関税」を課すかもしれない Jason Lee-Reuters

 スムート・ホーリー法の歴史を知っている人なら、間もなく米中貿易戦争が勃発すると聞いて平常心ではいられないだろう。1930年、米フーバー政権は国内農業を守るため、外国からの輸入品の関税を記録的な水準に引き上げるスムート・ホーリー法を施行。諸外国が報復措置としてアメリカの輸出品に高い関税をかけたため、世界経済は停滞した。

 米中は今、当時のような貿易戦争に向かって突き進んでいる。しかも、貿易戦争が勃発したほうがプラスになる可能性が高い。

 スムート・ホーリー法は世界大恐慌を引き起こした直接の原因ではないが、世界的な報復合戦を招き、大恐慌をさらに深刻化させたのは確かだ。グローバル経済の回復が完全でないなか、人民元の切り上げを拒む中国に対してアメリカが対抗措置を取れば、かつてと同じ報復合戦を招くかもしれない。そして不幸なことに、アメリカはこのリスクを冒す必要がある。

 この10年間で中国は広大な貧困国から経済大国に変貌を遂げた。一人当たりの国民所得は(2009年は6600ドル)はアメリカ(4万6400ドル)の7分の1だが、その経済規模がグローバル経済に与える影響は増す一方だ。今年のGDP(国内総生産)は、日本を抜いて世界2位。09年には輸出額でドイツを抜いて世界一になり、世界最大のエネルギー消費国でもある。

 問題は、中国が世界経済の基本原則を本気で受け入れる気がないこと。国益にかなう場合には世界共通ルールに従うが、国益に反するときはルールを拒んだり、変更したり、無視したりする。アメリカを含むすべての国が中国のように振舞いたいし、実際にルール違反を試みた国も多い。ただし、そうした国が中国と違うのは、自国の短期的な利益を犠牲にする必要がある共通ルールの正当性を認めていること。しかも、中国ほど巨大な国がルール違反を犯した例はない。小国がルールを破っても、世界経済全体を脅かすことはないのだ。

中国の為替政策で350万人の雇用が消えた?

 中国の身勝手な振る舞いの最たる例は、人民元の価値を過小評価し、輸出主導の経済成長を促進していることだ。とばっちりを受けているのはアメリカだけではない。安値で輸出し、高値で輸入する中国は、ブラジルからインドまで多くの国の経済を傷つけている。06〜10年にかけて、世界の輸出額における中国の割合は7%から10%に急増した。

 アメリカの歴代大統領は長年、人民元相場を見直して輸出競争力を低下させるよう中国に求めてきた。だが中国は、国内消費の強化の必要性は認めつつも、輸出に影響を及ぼさない範囲でしか人民元相場を上昇させないつもりのようだ。

 中国は05年半ばから08年半ばにかけて人民元相場を約20%上昇させる為替レート改革を行ったが、その大部分は生産性向上によるコスト削減によって埋め合わせ可能だった。しかも、経済危機が勃発すると、この改革さえ中止。最近になってようやく人民元の上昇を再び認めたが、為替レートはほとんど動いていない。

 人民元がどれほど過少評価され、それによって何人のアメリカ人が職を失ったかを示す明確な数字はない。だがピーターソン国際経済研究所によれば、人民元相場が20%上昇すれば、2〜3年で30〜70万人のアメリカ人の雇用が創出されるという。

 リベラル系シンクタンクの経済政策研究所のエコノミスト、ロバート・スコットは、アメリカが対中貿易を行ってきたせいで350万人の雇用が失われたと推定する。この数字は大げさすぎるかもしれない。中国製品の輸入を止めれば代わりにアメリカ国産品が消費されるという前提に立っているが、実際には他国からの輸入品に取って代わられる可能性があるからだ。それでも、経済危機で職を失った総計840万人より小さな数字ではある。

 中国が人民元の切り上げに応じなければ、報復という選択肢が浮上する。中国もボーイングやエアバスの購入を控え、アメリカ産大豆の代わりにブラジル産を輸入するようになるだろうから、いよいよ貿易戦争が勃発するかもしれない。

 ティム・リアン下院議員(民主党)とティム・マーフィー下院議員(共和党)は、中国の為替操作は事実上の輸出補助金に相当するとして「報復関税」の課税を認める法案を提出した。経済学的にはもっともな主張だが、WTO(世界貿易機関)に不当と退けられる可能性はある。

 米下院歳入委員会は9月24日、報復関税を含む対中制裁法案を可決した。今週にも下院本議会を通過するかもしれない。

ニュース速報

ビジネス

ECB、銀行の配当制限を近く解除も=副総裁

ワールド

米政府、制裁の解除に同意している=イラン当局者

ビジネス

ユーロ圏PMI、6月総合は15年ぶり高水準の59.

ビジネス

日産社長、3年連続赤字「なんとしても回避」 早期復

MAGAZINE

特集:ファクトチェック 韓国ナゾ判決

2021年6月29日号(6/22発売)

慰安婦と徴用工の裁判で正反対の判決が── 「大人」になった韓国世論と政治が司法を変えたのか?

人気ランキング

  • 1

    あなたがダイエットに失敗するのは内臓脂肪を燃やす栄養素を制限しているから

  • 2

    女子学生を美醜でランク付けした中国「アート」作品のひどい言い分

  • 3

    インド、新たな変異株「デルタプラス」確認 感染力さらに強く

  • 4

    「ワイン離れに歯止めがかからない」 フランス人が代…

  • 5

    アボカドは「悪魔の果実」か?──ブームがもたらす環…

  • 6

    トルコの海を覆い尽くす「海の鼻水」...茶色い粘液の…

  • 7

    1億8000万年前から生き残るクモヒトデの新種が発見…

  • 8

    死海沿岸を呑み込む7000個の陥没穴 縮む塩湖で地下…

  • 9

    G7の英コーンウォールで2450%増の感染爆発 人流増で…

  • 10

    台湾・ベトナムから始まる日本版ワクチン外交の勝算

  • 1

    最愛の人の「生前の姿」をGoogleストリートビューで発見した人たち...その感動と特別さ

  • 2

    あなたがダイエットに失敗するのは内臓脂肪を燃やす栄養素を制限しているから

  • 3

    オーストラリア、一面クモの巣で覆われる

  • 4

    「ワイン離れに歯止めがかからない」 フランス人が代…

  • 5

    BTSだけじゃない! 中国を怒らせた「出禁」セレブたち

  • 6

    中国の原発で放射線漏れの疑い チェルノブイリを彷…

  • 7

    やっぱり危ない化粧品──米研究で半分以上に発がん性…

  • 8

    閲覧ご注意:ネズミの波がオーストラリアの農地や町…

  • 9

    「残業時間別」で見た日々の暮らしと仕事のリアル 10…

  • 10

    徴用工訴訟、ソウル地裁の却下判決 韓国法曹会は正…

  • 1

    4000回の腕立て伏せを毎日、1年間続けた男...何を目指し、どうなったのか

  • 2

    脳が騙される! 白黒の映像が、目の錯覚でフルカラーに見える不思議な体験

  • 3

    国際交流で日本にきた中国人200人に「裏切り者」のレッテル

  • 4

    最愛の人の「生前の姿」をGoogleストリートビューで…

  • 5

    デーブ・スペクター「日本は不思議なことに、オウン…

  • 6

    閲覧ご注意:ネズミの波がオーストラリアの農地や町…

  • 7

    あなたがダイエットに失敗するのは内臓脂肪を燃やす…

  • 8

    オーストラリア、一面クモの巣で覆われる

  • 9

    東京オリンピックの前向きな中止を考えよ

  • 10

    武漢研究所は長年、危険なコロナウイルスの機能獲得…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中

STORIES ARCHIVE

  • 2021年6月
  • 2021年5月
  • 2021年4月
  • 2021年3月
  • 2021年2月
  • 2021年1月