最新記事

景気

イギリス緊縮予算は危うい賭け

大規模な歳出削減と増税による財政再建がポスト工業化時代の人々の生活を破壊する

2010年8月3日(火)16時10分
マイケル・ゴールドファーブ

 6月22日昼過ぎ、ジョージ・オズボーン財務相(39)は英国民に緊縮財政時代の到来を告げた。

 英財政学研究所によると、イギリスの政府債務残高は7700億ポンド(約103兆円)。毎年の利払いは700億ポンドに達し、さらに膨らみ続けている。緊縮予算の導入は「避けられない」と、オズボーンは言った。

 その中身はすべての国民に痛みを与えるものだ。現在17・5%の付加価値税(食料品と子供の衣料品以外のあらゆる商品に掛かる売上税)を来年1月から20%に引き上げる。金融機関に対しては20億ポンド規模の銀行税を新設。年間5万ポンド以上の利益がある投資家に対する資産譲渡益課税も強化する。

 これでもまだ序の口にすぎない。国営医療制度のナショナル・ヘルス・サービスを除き、各省庁の予算は今後5年間で25%削減される。政府の公的支出は国民所得の50%を占めているだけに、ここまで急激な予算削減はリスクが大きい。

 オズボーンもデービッド・キャメロン首相も、緊縮財政には強い抵抗感があることを理解している。保守党と自由民主党の連立政権の発足から6週間。政府は緊縮政策が与える痛みの説明に多くの時間を割いてきた。

 07〜08年の金融危機が1930年代以来の大不況だったとすれば、今回の緊縮政策もそれに見合ったものである必要がある。イギリスの財政赤字はGDP(国内総生産)の11%強、ヨーロッパで最悪のレベルにある。

 今回の緊縮予算案が市場の動向をにらんだものであることは間違いない。政府は先週、労働党政権が今年初めに承認した総額105億ポンドの公共事業の実施を先送りすると発表した。この決定も市場の好感を得るための措置だ。

 見直し対象リストには、失業者への支援と再訓練プログラム(10億ポンド)や、幼児・高齢者向けの新病院と無料水泳プログラム(4億5000万ポンド)など、さまざまな規模の事業が並んでいる。

 特に目を引くのは、原子炉用鋼管を製造するシェフィールド・フォージマスターズ社の新設備導入に対する8000万ポンドの公的融資が撤回されたことだ。

 この8000万ポンドはあくまで「融資」なので、いずれ国庫に返却されるが、同社は自由民主党のニック・クレッグ党首(副首相)の選挙区にある企業だ。ことによると「予算削減に当たってえこひいきはしない」というメッセージをはっきりと示すために、同社への融資を狙ったのかもしれない。

 歳出削減はまだまだ続く見込みだ。キャメロンは先週、「目隠しをして現実が見えないふりをするわけにはいかない」と語り、経済成長のためには財政赤字を削減する必要があると重ねて強調した。

政府支出が失業を抑えた

 問題は政府が大きくなり過ぎたことではない。少なくとも先進国では、もはや自由市場経済は完全雇用に近い状態を維持するだけの仕事を生み出せない。そのため不足する分の雇用は、政府が埋め合わせる必要がある。

 マーガレット・サッチャー首相とロナルド・レーガン大統領が英米両国を率いていた30年前、自由市場経済は万能薬のようにもてはやされていた。規制緩和と国営企業の民営化と労働組合つぶしによって、継続的な完全雇用が達成されると喧伝された。だが実際には、そうならなかった。

 失業が発生する理由と右派の理論の間には何の関係もない。政府は本来なら投資の形で経済を潤していたはずの資金の流れを規制によって妨げ、税金として吸い上げている──右派のシンクタンクはそう主張するが、現実はそうではない(この説明が当てはまりそうな先進国はフランスぐらいだ)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

OPECプラス、6月日量41.1万バレル増産で合意

ビジネス

日本との関税協議「率直かつ建設的」、米財務省が声明

ワールド

アングル:留学生に広がる不安、ビザ取り消しに直面す

ワールド

トランプ政権、予算教書を公表 国防以外で1630億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見...「ペットとの温かい絆」とは言えない事情が
  • 3
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「CT写真」で体内から見つかった「驚愕の塊」
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    なぜ運動で寿命が延びるのか?...ホルミシスと「タン…
  • 8
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 9
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 10
    「すごく変な臭い」「顔がある」道端で発見した「謎…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 10
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中