最新記事

自動車

裏切られたアメリカ人の「トヨタ愛」

リコールなど慣れっこのアメリカがこれほど怒るのは、トヨタは最も信頼し、認めていた作り手だったからだ

2010年3月10日(水)18時02分
マシュー・フィリップス、横田孝(本誌記者)

束の間の栄光 08年にGMを抜いて世界一になった後、世界大不況とリコール問題が立て続けにトヨタを襲った(写真は08年12月、バージニア州アーリントンの販売店) Kevin Lamarque-Reuters

 マリア・バーロッタは忠実なトヨタ車ファンだった。夫のアーマンドと合わせて、過去30年間に5台以上のトヨタ車に乗ってきた。特に80年代以降はトヨタ車ひと筋。だがそれも、昨年8月に買った09年型の大型高級セダン、アバロンが最後になるだろう。

 09年11月4日、マリアはカリフォルニア州の高級住宅地パロス・バーデスの学校に孫たちを迎えに行った。13歳のルシアが助手席に乗ったのを見届けて車を出そうとしたとき、突然エンジンが加速し、車が前に飛び出した。まるでアクセルを床まで踏み込んだような急加速だった。マリアの足は必死でブレーキを踏んでいたのに。

 外にいた子供たちが叫び声を上げて逃げ惑うなか、車は暴走し、縁石に激突して跳び上がり、庭園に突っ込んだ。車を止めたのは、散水直後でぬかるんでいた庭園の土だ。マリアは恐怖で震え上がった。全速で子供たちの真っただ中に突っ込みかねなかったということ以外、何が起こったのか分からなかった。タイヤ2本は完全に破裂していた。「誰もけがせずに済んだのは奇跡だ」と、2月4日の電話取材で彼女は本誌に語った。

 事故の後、マリアは近くのトヨタ販売店に連絡して車を牽引させた。販売店は点検を約束したが、おそらくアクセルペダルの下のフロアマットの敷き方に問題があったのだろうと言った。数日後、販売店から連絡があった。徹底的に検査したが悪いところはどこにもないので、車を引き取りに来ていいと言う。

 走行距離は1800キロにも達しない新車だが、夫のアーマンドは販売店にリース契約の解除を申し入れた。だが依頼は拒絶され、その後も月額リース料金834ドル66セントの請求書が毎月送られてきた。

 他のトヨタ車でも似たような急加速事故が起きていることを知ったのは先週のこと。アーマンドは、訴訟を起こすことに決めた。

「30年間トヨタ車に乗ってきたが、これまで修理に掛かった費用は電球交換の2ドルが最高だった」と、アーマンドは言う。「だがあんな事故があって、対応も最悪だった。もう2度とトヨタの車は買わない。絶対に」

 80年代以降、数百万人のアメリカ人がバーロッタ夫妻のようにトヨタ車と恋に落ちた。トヨタ自動車はアメリカで最も尊ばれる耐久性、信頼性、値頃感を重視したブランドづくりに成功し、アメリカにおける最強ブランドの1つになった。家族全員がトヨタ車に乗り、父から子へと受け継がれた。

 他社の車を選んだ消費者が故障などで痛い目に遭い続ける一方で、トヨタは年を追うごとに大型車やトラックへとラインアップを拡充し、すべてのアメリカ人のニーズに応えるメーカーになった。何よりトヨタは、アメリカの信頼と尊敬を獲得したのだ。

米車ならリコールは日常茶飯事

 だからこそ、昨年秋から次々と明らかになるトヨタ車の不具合やリコール(回収・無償修理)、対応のお粗末さなどは、アメリカにとって大きな衝撃だった。トヨタは問題を知りながら対応を渋ったという批判報道が出てくるに至って、人々は悪意さえ疑い始めた。

 米政府も動き始めた。レイ・ラフード米運輸長官は2月3日、米議会でリコール対象のトヨタ車オーナーは「運転をやめるべきだ」と発言し、後に言い過ぎを修正した。米下院で2つの委員会が原因究明のための公聴会を開くと決めたのも異例のことだ。

 さらにアクセルペダルの不具合でリコールを発表した北米約230万台のほかに、ハイブリッド車の新型プリウスのブレーキにも苦情が多発していることが明らかになると、運輸省の全米高速道路輸送安全局(NHTSA)が4日、正式な調査に入ると発表。品質問題は今や、米政府も巻き込んだスキャンダルの様相を呈している。

 異様な光景だ。何せアメリカ人は自分の車がリコールされるのには慣れっこのはず。特にフォードやゼネラル・モーターズ(GM)の車に乗っていれば、こんなことは日常茶飯事だ。

 フォードは昨年10月、走行速度を一定に保つ「クルーズコントロール」の解除スイッチが発火することもある不具合で約450万台のリコールをアメリカ国内で実施すると発表した。今年1月には、クライスラーがブレーキの欠陥で2万台をリコールしている。

 アメリカのメーカーだけではない。独BMWは08年、エアバッグの不具合で20万台をリコール。韓国の現代自動車も昨年、ブレーキランプなどに問題が見つかり100万台近くをリコールした。

 だがアメリカ人はいちいちそんなことを覚えていない。それに消費者が品質を疑問視しているのは、日本車のなかでもトヨタ車だけのようだ。ホンダもリコールを発表したがトヨタの脚注程度にしか扱われていないし、アメリカでの1月の新車販売台数(推定値)も、トヨタの8・7%減に対しホンダは2・9%、日産自動車は26%増加している。

 今回のリコールに限ってアメリカ人がこれほど衝撃を受け、怒っているのはなぜだろう。まず、車が突然急加速してコントロール不能になるという不具合には致命的な恐ろしさがある。アクセルペダルの欠陥が原因とみられる死者はこれまでのところ19人に達している。動画サイトのYouTubeには、トヨタ車が制御不能に陥って急加速したときのビデオや緊急電話の音声があふれ返っている。

 またこのリコールには、最初に問題を隠蔽した上、今も本当の欠陥は認めていないのではないかという疑惑が付きまとっている。

 今回の問題に対してトヨタが発表した対応策は、アクセルペダル内にスチール製の強化板を挟むことで、踏み込んだペダルを戻すバネの反力を強くするといったものなどだ。だがアメリカ人は、本当の問題はそれ以上に深刻なのではないかと感じている。

 アップルの共同創業者スティーブン・ウォズニアックは、新型プリウスを運転中にブレーキではなくアクセルの不調で急加速を経験したと、メディアに語っている。天才コンピューターエンジニアである彼の診断はこうだ。「アクセルペダルの問題ではなく、ソフトウエアの問題だ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:好調スタートの米年末商戦、水面下で消費揺

ワールド

トルコ、ロ・ウにエネインフラの安全確保要請 黒海で

ワールド

マクロン氏、中国主席と会談 地政学・貿易・環境で協

ワールド

トルコ、ロシア産ガス契約を1年延長 対米投資も検討
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中