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裏切られたアメリカ人の「トヨタ愛」

2010年3月10日(水)18時02分
マシュー・フィリップス、横田孝(本誌記者)

これがトヨタとはとても信じられない

 トヨタは昨年11月にも、運転にも支障が出かねない車体フレームの腐食問題でピックアップトラックのタンドラ約11万台をリコールしている。欠陥は車の電子制御系統どころかトヨタの企業文化までむしばんでいて、表面からは見えないところで大企業病が広がっているのではないかと、アメリカ人は心配し始めている。

 フォードやGMの自力再建にやっとめどが立ったというのに、今度はトヨタが米自動車大手と同じ病でのたうつのを目の当たりにしているとしたら、実に皮肉な話だ。アメリカがこれだけ衝撃を受けているのも、これがトヨタとはとても信じられないからだ。

 チャンピオンが倒れるのを見るのは面白い。過去50年間アメリカは、遠いアジアのちっぽけな会社だったトヨタが、世界一の自動車王国アメリカの巨人たちを次々に負かしていくのを見てきたのだからなおさらだ。

 多くの有名な愛の物語と同じく、トヨタとアメリカの交際はハリウッドから始まった。アメリカでの最初の販売拠点として、トヨタはウォーク・オブ・フェイムで有名なハリウッド大通りを選んだ。

 1957年、トヨタは小型の4ドアセダン、トヨペットを売り出した。アメリカに輸入された最初の日本車だ。売れ行きは散々だった。8気筒エンジンを積んでテールフィンも派手なシボレーに夢中だったアメリカ人は、トヨペットを「トイペット(おもちゃのペット)」と呼んでからかった。

「トヨペットは最初、完全な失敗だった」と、自動車専門の調査会社オートパシフィックのコンサルタント、ジム・ホサックは言う。「大した車ではなかった。不安定だし力はないし、当時のアメリカ市場にはまったく不釣り合い。エアコンさえ付いていなかった」

 だが、戦後の好景気で急拡大していたアメリカ市場でシェアを獲得すると決めたトヨタは、着々と地歩を築いていった。市場調査には金を惜しまず、アメリカ人にただ1つの単純な質問を聞きまくった。「あなたはどんな車が欲しいですか?」

 その答えに繰り返し出てきた3要素が、耐久性、品質、信頼性だ。トヨタはアメリカの消費者に受け入れられるため、それからの半世紀をこの3大要素の実現にささげてきた。

 70年代前半、トヨタは年間30万台以上の車をアメリカで売るようになった。73年の第1次石油危機で消費者のニーズが「ガソリン食い」のアメリカ車よりも小さな車に向かい始めると、カローラをはじめとする燃費のいいトヨタの中型セダンは格好の受け皿になった。

 84年には、GMとの合弁工場NUMMI(ヌーミー)を設立。カリフォルニア州フリーモントで現地生産を開始した。当時から日本メーカーの攻勢にさらされていたGMには、合弁でトヨタの強みを学ぼうとする思惑があった。

 その2年後、トヨタはケンタッキー州中部に大規模な生産拠点を単独で建設する。新工場の位置はデトロイトから南へ500誅弱。トヨタはビッグスリーの裏庭に乗り込み、挑戦状をたたき付けた。

 ケンタッキー工場の役割は、ベストセラーカーのカムリの生産だけではなかった。トヨタにとってアメリカ中部への進出は、保守的で愛国心の強い地域住民を取り込むという狙いもあった。

 トヨタは地元が待ち望んでいた雇用を提供した。それまでずっとフォードやシボレーのピックアップトラックに乗ってきた人々が、いきなり日本製セダンの工場で働くことになったのだ。一方、北部ではビッグスリーの工場で働く労働組合員がレイオフ(一時解雇)されていた。多くのアメリカ人にとって、トヨタは単なる自動車メーカーではなく雇い主になった。

前人未到の域に達したメーカー

 幸せそうなアメリカ人が空中にジャンプする姿と「あなたがしてくれることが大好き、トヨタ」というフレーズを組み合わせたトヨタの広告は、マッチョな男がパワフルな車を乗り回すビッグスリーの宣伝に対するアンチテーゼだった。雨の中、学校帰りの子供を車で迎えに行く母親をフィーチャーした広告は、信頼性という本当に大切なものを訴えていた。

「トヨタは少しずつ、だがしっかりとアメリカ人の心に食い込み、信頼と確実性のブランドイメージを築いていった」と、世界的なブランド・コンサルティング会社インターブランドのデービッド・マーチン社長は言う。

 トヨタの快進撃は、ビッグスリーのつまずきに助けられた面もある。フォードとGMは81〜96年、合計3300万台以上のリコールを実施。膨れ上がる組合労働者の年金給付コストが重荷になったアメリカ勢は、経費削減のために品質をないがしろにした。

 トヨタはこの「教訓」をしっかりと学び、組合の力が強い地域を避けてテキサス、ウェストバージニア、アラバマに生産拠点を築いた。「非組合員中心の労働力はトヨタにとって大きな利点になった」と、オートパシフィックのホサックは指摘する。

 95年には、トヨタのアメリカでの年間販売台数は100万台を突破した。カローラやカムリといったセダンは中型車の市場を制覇。高級車ブランドのレクサスもGMのキャデラックを上回る人気を集め、ドイツ勢としのぎを削った。

 ガソリン価格が安かった時期、ビッグスリーはフォード・エクスプローラー、シボレー・タホーといった利幅の大きいSUV(スポーツユーティリティー車)で巻き返しに成功する。それを見たトヨタも、この市場に本腰を入れることにした。

 08年、トヨタは販売台数でGMを抜いて世界最大の自動車メーカーとなり、大型ピックアップトラックのタンドラは自動車専門誌モーター・トレンドが選定する同年のトラック・オブ・ザ・イヤーに輝いた。07年のカー・オブ・ザ・イヤーもカムリが獲得している。

 トヨタはこれで、最大かつ最高の自動車メーカーというGMにも不可能だった特別な地位を手に入れた。最高のトラックと最高のセダンに加え、プリウスの開発で最高のハイブリッド車も市場に投入。マッチョな労働者、郊外に住むサッカーママ、環境保護派の人々を同時に引き付け、アメリカでの市場シェアは16%に達した。

「トヨタはアメリカ市場で、自動車メーカーとして前人未到の領域に到達した」と、インターブランドのマーチンは言う。「人々は畏敬の念を持って彼らの動きを見守った。プリウスの開発という技術革新で(ハイブリッド車の)市場を独占する一方、最高水準のトラックも同時に生産した」

 崩壊は突然やって来た。今年1月19日〜2月4日に、ニューヨーク証券取引所のトヨタの株価は20%以上も急落した(2月5日には反発して4%の値上がり)。

 ブランドのダメージはそれ以上かもしれない。市場調査会社ユーガフがアメリカ国内の世論調査に基づいて発表するブランド指数によると、今やトヨタのブランド力は、中国企業への売却が決まったとされるGMのSUVブランド、ハマーにも劣っている。

 今後の事態の推移は、トヨタがどうやって危機を抜け出すかに懸かっている。当初の対応の鈍さは、自ら危機を悪化させたようなものだった。「あらゆる自動車のリコールのなかで、初期対応は過去最悪だった」と、危機管理コンサルティング会社レビック・ストラテジック・コミュニケーションズのジーン・グラボウスキは言う。

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